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自分のはかりで ⚖️ 『悲しみ』 と 『喜び』…

悲しみ(悩み)、喜びの感じ方の度合いは人それぞれ。

実際にある人に会って話すと、
「え、そんなことで悩んでいたんだ、」
と自分では悩まない様なことをクヨクヨ考えていたり、または、
「え、それで、あなたは平気でいられるの?」
と驚くほど、自分だったら物凄く悩むと思だろうことをあっけらかん、と捉えていて、羨ましい…
ということもあり、皆それぞれに色んな思いがあるものだなと気付く。

自分も、おおらかな性格の友人に自分の悩みを打ち明けて、爆笑され、気恥ずかしくなったことも多々。

嬉しいと感じる場面でも、最近お世話になったある方に
ほんの気持ちですと贈り物をした時、もの凄く感謝された事があり、
「まあ、たったそれだけの事で、そんなに喜んでくれるなんて…」
と、私も、とても幸せな気分になった。

おまけに、ちょっと愉快な話。
先日、兄が何だか暗い顔をしてるから、何か深刻な悩みでも抱えているのかと思い、
「どうしたの?」と聞いたら、
Yahooショッピングで買ったキーホルダー(¥3,000の!)が不良品で、相手から連絡が無いと青い顔をして悩んでいて、私にとっては、大したことないと思ったけれど、本人にとっては大問題の様だから、
「あら大変!」と
自分にできる事をちゃちゃとやっただけで、嬉しそうに感謝され、
そんな事ならもっと早く聞けば良かった、と思ったり、
やれやれ。。

自分自身のことを振り返っても、神様は、それぞれの魂の器に合わせて、私達が乗り越えられる程の学びを用意して下さるんだなぁ…
と改めて思う。  
それは、
マザーテレサが・・
『神様どうか私のことを過大評価して、たくさんの重荷を与えないでください。』
と(確かそんな感じ)祈ったように… 

とは言え、マザーテレサの例えは今の私にはハイレベルなので、さて置き、

つまり、単純に、

自分の秤で他人の気持ちを推しはかるのは難しい。

と思うのです。m(_ _)m〜 ⚖️



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