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パックラフトの「1気室・2気室」を考える

パックラフトの気室の数。
主要なスペックの一つですが、意外にも(?)、その違いを双方突き合わせた解説は少ないように感じます。

この問題を語る前提として、

  • メーカーによる思想の違い

  • パックラフトに求める要素が人によって違う

  • 実例が少ないため、具体的にイメージするための情報が足りない
    (そんなに簡単にパンクしないということでもある)

等々、難しさはあるのですが、BlueNikeGearとしての思想・考え方を、妥協点も含め解説したいと思います。


〇そもそも気室とは

パックラフトにおける気室とは、ドーナツ状の本体チューブの内部構造を示す言葉です。
基本的に多くの舟の本体チューブは、1気室か2気室でできています。

1気室:内部がつながった一つの空間でできている構造
    ⇒いわば1つの風船
2気室:内部に壁があり、独立した2つの空間に分かれている構造
    ⇒いわばくっついた2つの風船
また、2気室の場合、バルブも2つになります。

パックラフトとしてはレアですが、インフレータブルフロアが一体でボリュームが大きいタイプのセルフベイラー艇では、第3の気室と呼んでも良いかもしれません。

〇それぞれの特徴

【1気室のメリット】
 ・少し軽い
 ・たたみやすい

【2気室のメリット】
 ・パンクした時にバックアップあり
 ・硬くしやすい

それぞれのデメリットは、メリットの反対なので、省略します。
さて、では上から順にみていきましょう。

要素別解説

  • 軽さ
    すごく大きく変わるわけではないですが、構造が増えればその分重量が増えます。増えるのは布よりも追加バルブの分量が比率としては大きいです。
    そもそも軽さが最大の特徴であるパックラフトにとって、舟のサイズが変わらないのに増量することは、マイナスポイントと考えています。

  • たたみやすさ(パックしやすさ)
    重さよりも影響が大きいと感じるのがこちら。
    チューブ内の壁の生地によってごわつき感が増えて、舟のサイズが変わらないのにたたむサイズが大きくなるのは、軽やかに携行することを理想とすると、その影響は小さくないと考えています。
    バルブが増えるのも、たたみやすさには少しマイナスです(慣れますが)。

ゴワゴワが小さくたたみにくい原因
単純な構造だと適当にたたんでもそこそこ小さくなる
  • バックアップの有無
    保険はあるに越したことはない。それは間違いなく言えると思います。
    にもかかわらず、基本的には1気室を採用するメーカーが多い点は、逆に示唆に富んでいると思います。

    デメリットと天秤にかけた時、バックアップが妥協できるものなのかどうか、という点に各メーカーの思想が現れてくると思います。
    BlueNileGearの考えは後述します。

  • 硬くしやすさ
    細かい話ですが…(笑)
    『圧力=力/面積』という関係から、同じ圧力にするためには、面積(チューブの大きさ)が小さい方が、必要な力が小さくて済むということが分かります。
    実際空気を入れてみると、1気室・2気室にかかわらず、やはり一つの空間が小さい方が(面積も小さくなるので)、トータルのエネルギーはさほど変わらなくても、圧を高めやすいです。

    …まぁ、細かい話は置いておいて(笑)
    小さい舟の方が硬くしやすく同じサイズの舟なら2気室の方が硬くしやすい、ということです。
    そして、舟というものは、一定の柔らかさの範囲では(カチカチと超絶カチカチで比べても大差ない)、基本的により硬い方がより操作性が高いです。

    ここでも、必要十分をどう考えるかという点に、各メーカーの思想が現れていると思います。

大きな舟は2気室向き。
このサイズで1気室だと硬さを出すのは大変。

〇BlueNileGearの気室数の使い分け

では、実際にBlueNileGearでは気室の数をどう使い分けているか見ていきます。

1気室:1人艇全般
2気室:タンデム艇(大型艇)、一部の長細いデザイン一人艇

結構単純ですね。
基準としては、①硬さ②遠乗りの有無の2点で決めています。

2つの基準

①硬さ
操作性を確保するための必要十分な硬さを、無理なく出せるボリュームか否かという判断です。
性能の必要十分を優先した考え方です。

1人艇では、基本的に1気室で十分な硬さが得られます。
2人艇では、一人艇と同程度の十分な硬さにするのはなかなか大変なので、2気室にしています。

一人艇なら1気室でも十分な硬さになる

②遠乗りの有無
一方、細長いデザインの一人艇や一部のタンデム艇では、主な用途として、海や湖などの広いフィールドを含む長距離移動を想定しています。
そのため、陸地から離れた場所での沈没のリスクに対して2気室を採用しています。
また、長めの舟は圧が低くて柔らかいと、人が乗る部分で折れて、操作性が結構下がるので、形的にも2気室が向いています。

海などの大空間で遠乗りするなら2気室の安心感は小さくない

〇リスクを具体的にイメージしてみる

安心や安全は大事なものです。
しかし、あらゆる道具は、あいまいな安全と危険の間に色々な考え方から線が引かれています。では、パックラフトの安全性についてどこで線引きをするべきか…

乗り物の安全性を考える際に大事なことは、具体的な危険性や状況を想定することだと思います。

大きな湖や海の場合

2気室の必要性が語られる場合、1つパンクしても舟が「沈没しない」という利点が主に挙げられます。

フィールドが大きな湖や海の場合、浮いている状態を長時間保つことができる2気室は非常に強力なリスクヘッジと言えると思います。気持ち的にも。
パンクの危険性の高さはどうであれ、です。

しかし実は、そのリスクを軽減する、簡単な方法があります。
それは、岸から大きく離れないことです。
パックラフトの移動能力からしても、大きく岸から離れた行動よりも、岸沿いを進む方が理にかなっています。
身の丈に合った範囲の行動ができていれば、リスクは下げることができるのです。

岸沿いを進むのも一つの安全策

川下りの場合

一方、川下りの場合はどうでしょうか?
パンクが想定される主なトラブルを考えてみましょう。

  • 少しずつ空気が抜ける破損(ざらついた岩やコンクリに擦るなど)
    かすり傷やピンホールからのリークは少しずつしか空気が抜けていかないので、1気室でも2気室でも、空気を追加ながら続行し、その日なんとかやり過ごすくらいのことは十分可能です。
    現場で対処できる応急処置グッズは、常に持っていることをお勧めします。
     

  • どんどん空気が抜ける破損(鋭利なもので裂けるなど)
    ピンホールなどに比べ、空気が抜けてしまうまでの時間が短いかもしれません。この時、2気室であれば、荷物を失わずに済む可能性が高くなります。
    しかし、パドラー自身に関しては、ライフジャケットの浮力と泳力で岸にたどり着くことになるでしょう。半分沈んだ舟を片手に流れの中を泳ぐのが相当に厳しいことは想像に難くありません。

    こんな時、一番いいのは荷物も自分も仲間に助けてもらうことです。
    しかし、いずれにしても、その破損状態では、川下りを続けることはできないでしょう。
    1気室でも、2気室でも、誰かの舟に乗せてもらうか、できるだけ近い上陸地点で川下りを中止することになると思います。

  • 壊滅的な破損(ストレーナーへの激突やラップなど)
    この手の事故は、命の危険がある非常に危険なもので、未然に回避するのが鉄則です。これは2気室化で防げるものではありません。
    命が危険にさらされてしまっては、2気室も何も、意味がありません。

さて、以上のように、実は具体的に想定してみると、事故発生時の安全や対応力について、2気室の優位性は「1気室⇒2気室だから2倍!」というほどのものでもないということが分かります。

BlueNileGearでは、このように具体検討したリスクに対する意義や、モデルごとの使い方の特徴、素材の強度などを総合的に評価し、上述のようなの1気室と2気室の使い分けをしています。

また、リスクを知ることも大事ですが、一定の操船技術があれば、普通の川下りで、そう簡単にパンクすることはないということも大事な情報です。

真のリスクマネジメントはパドラー自身にゆだねられている

上述のように、実は舟そのもののスペックで防げるリスクは限定的で、何あったら1気室でも2気室でも大変なわけです。2気室化するだけでは、リスクマネジメントといえるほどの効果はありません。

むしろ、操船の技術を身に着ける、川の危険を知る、危険な水位の時に無理をしない、適切なチームを組む…などといった、ソフト面の対策でしか防げないのリスク方が圧倒的に多いということは、心構えとして持っておきたいです。

川下りの前にスローラインの練習をしてみたり
安全なラインどりを相談してみたり

〇BlueNileGearの設計方針と思想

BlueNileGearでは、パックラフトの最大の特徴である「パックできる」ことを最大限重視する方針で、各要素の優先順位を考え、設計に反映しています。
つまり、上述のようにリスクを知り、向き合い、なにをどこまで妥協できるのか検討・テストし、安全性と機能性の間の線引きしています。
すべては、パックラフトらしさの追求のために

普通に背負える携行性がパックラフトのアイデンティティー
子どもでも自分の舟を背負える

新時代の創造性を…

パックラフトはそもそもが丈夫さを犠牲に軽さを獲得した乗り物であるわけですが、丈夫さからくる安全面について、どこからが安全でどこからが危険という絶対的な線引きはありません。
もちろん軽視できないですし、よくよく検討が必要だと思います。

特に、日本人の感覚として、「安心・安全」という言葉はかなりのパワーワードではないでしょうか。

しかし、昨今のULムーブメントの中で、「熟考された必要十分」「クリエイティブな妥協」によって、多少の犠牲を包含した軽量化というものが一歩進んだ考え方の一つととらえられるようになってきたと思います。

BlueNileGearは、パックラフトもそんな時代の流れの中で現れた、一歩進んだ乗り物だと考えています。

頑丈さ、操作性、安全性…
これらの要素について、もっと優れた舟は他にいくらもあり、素材や設計次第ではそうした旧来の舟により近づけることも可能です。

しかし、パックラフトのずば抜けた携行性が生み出す創造性は、多くの潜在的なパドラーたちを新たな旅へと導いてきました。

BlueNileGearの設計思想には、こうした時代の先端でアクティブにクリエイティブに挑戦するパドラーや潜在パドラーたちの、インスピレーションを刺激する舟を造っていきたい、という想いが底流しています。

というわけで、新型もどうぞよろしくお願いします!(笑)

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