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【最近読んだ本】作家にしか書けない「がん治療」の話。あなたにも読んでほしい。

西加奈子さんの本は何冊か読んだが、本当のところ、好きな作品は「サラバ!」だけだ。だけど、この「サラバ!」という、単行本で上下巻の長い長い物語があまりに好きすぎて、もうこの1作品だけで大好きな作家さんになってしまった。
特に下巻は一気に読んだ。もしかしたら西加奈子さんは作家人生をこの一作品に詰め込んだのではないかと思うほど、作家としての“熱”みたいなものを感じた。(今思い出しても震えるほどだ)

でも、他の作品を読んでも、どうも自分には合わないのかピンとこない。新作が出ても手を伸ばすことはなかったのだが、今回は手が伸びた。
それはこの帯を見たからだ。

カナダで、
がんに
なった。

あなたに、
これを
読んでほしい
と思った。

祈りと決意に満ちた、著者初のノンフィクション

私とは違い、西加奈子さんは乳がんだったが、やはり「がん」というワードが気になる。
それもカナダでの治療。興味津々で手に取った。
さらに、帯の裏に抜粋されていた本文が私の心をとらえた。

私は闘病、という言葉を使うのをやめていた。「病気をやっつける」という言い方もしなかった。これはあくまで治療だ。闘いではない。たまたま生まれて、生きようとしているがんが、私の右胸にある。それが事実で、それだけだ。(本文より)

同じだ、と思った。
「闘病」「やっつける」という言葉を使わない。
私と同じだ。
どうしてそうしているのか、なぜそういう気持ちに至ったのか、西さんの話を読んでみたいと思い、レジへこの本を持っていった。

まず、全体を通して、西加奈子さんらしいというか、「小説家の書いたノンフィクション」という感じがした。事実なのだけど、どこか物語のようで。
それは、カナダ人の会話が関西弁で書かれていることや、「がんの治療」という深刻な話を扱っているのにユーモアを交えていることが関係しているのかもしれない。

たとえば、リサという看護師との会話。

リサには何度もお世話になった。担当になるたび、私の静脈を褒めてくれた。
「相変わらずめっちゃええ静脈やん! 針刺しやすいわ~!」
「そんなことで褒められたこと今までなかったよ」
「ほんま? 友達に看護師おらんの? おったら絶対思ってるで。カナコ、ええ静脈してるなぁ、て!」

読んだ時、プッと吹き出してしまった。「ええ静脈」って(笑)。
自分のことを振り返り、自分は看護師さんに「ええ静脈」とは思われていなかっただろうなぁとも思った。(いつも苦労していた……)

こんな感じで、西さんと接するカナダの看護師さんたちはフレンドリーで優しい。また、まわりの友達が常に親身になって助けてくれることにも感動した。
「Meal Train」というシステムがあり、友人たちが順番にご飯を届けてくれるのだ。なんとそれは半年も続いたらしい。
そういう「まわりの人に頼る」「助け合う」というのは文化なのだろう。西さんも「日本にいたら家族のことは家族でなんとかしないといけない」と考えてまわりに遠慮していたと思う、というようなことを書いていた。
私自身も、抗がん剤治療の副作用でしんどい時、近所の友達が「いつでも買い物とかするし、言ってなー」と声をかけてくれたが、やはりなかなか頼ることはできなかった。ましてや、ご飯を届けてもらうなど、想像もできないことだ。

その一方、日本とは違って「手厚くない」ことも多い。人の対応もシステムも。「え?そんなテキトーなん?!」と驚くような対応も書かれていた。
言葉や文化が違う国で受ける医療、それもがん治療というのは、不安なこともたくさんあったのだろうなと思う。日本で受けても不安と恐怖の連続なのだから。

一番びっくりしたのは、乳がんの手術が「日帰り」で行われていることだ。手術後、数時間で帰らされるのだ。もちろん体にはドレーンチューブがついたままで、排出液の量を自分で測ってメモしないといけないという。

読んだ時、「嘘やん!!」と叫んだ。
手術内容は異なるにしろ、私なんて手術の時は12日間も入院していたのだ。まあ、私の病院は「長く入院させるのが好き」という変わった病院なので、12日はちょっと長すぎるが、それでも5日~1週間くらいは入院するのが普通だと思う。
手術後の地獄のような痛みと、いつまでも明けない夜のことを思い出すだけで今でもぞっとするというのに、あの状態で「家に帰る」なんて……。
ああ、手術をしたのが日本でよかったと心から思った。

抗がん剤、手術、放射線治療と、日本と同じように西さんは乳がんの標準治療を受ける。日本とカナダの違いに驚くことも多かったが、「治療を受ける者」としての心情は共感できることが多かった。
たとえば、がんの治療をしていると知ると、みんな「勇敢だ」と言ってくれる。でも、「自分のことを勇敢だとは思わない。やらないと仕方ないっていう感じだ」と西さんは書いている。まったく同感だ。
そういう、がんになった人にしかわからないような気持ちを、西さんがとてもわかりやすく書いてくれているので、すごく嬉しかった。
副作用の辛さも、治療への恐怖も、まわりの人への感謝も、生きることに対する考え方も、すべてが正直に表現されていた。
乳房を切除した平坦な胸の自分を「私は、私だ。私は女性で、そして最高だ。」と言い切る西さんを、本当に素敵な女性だと思った。

これは「闘病記」ではない。
日本人が海外で暮らすというメリットとデメリット、外から見て改めてわかる日本の良さと欠点、病気になった人間の弱さと強さ、人と人とのつながりと優しさ、懸命に生きる美しさ。
そんなことをたくさん考えさせられる。
がんの人はもちろんだが、がんではない人にもぜひ読んでもらいたい一冊だ。

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