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「五分五分」から「良くなる」へ変わったことを信じよう

昨年5月から鍼灸に通っていた。
夫がゴルフで背中を痛めたので「整体院」で検索した時に見つけた鍼灸接骨院だ。家から徒歩7分。いつも行くスーパーの目の前。開業して9年経つらしい。それなのに、検索で見つけるまでそこに鍼灸院があることすら知らなかった。
完全予約制だったので、結局夫は別の整体院へ行ったのだが、私はその鍼灸院が気になって、ホームページをじっくり読んでみた。診療内容や料金などの他に、院長への質問コーナーのようなページがあり、そこを読んでいくと、「目標は?」という質問に対して「ガンを治せる施術家です」と書いてあった。
どきっとした。たまにあるのだ、こういう出会い。私の直感が動く瞬間。
それですぐにメールを出して自分が再発がんであることなどを伝え、予約をとった。
ただ、最初はガンの治療ではなく、その時期ひどく悩まされていた胃腸の不調を治してもらうことにした。院長(男性・30代後半)が担当になり、3回ほど通うと嘘のように胃腸の不調は治った。
その信頼があり、続けてガンの治療もお願いした。

始める前に先生は、自分はこれまで何人もガン患者を診ていて、ガンが小さくなったり消えたりした人もいるが、決して「全員」ではないこと。ガンは人によってまったく違い、同じようにやっても治らないこともある。だから治る保証はできないが、それでもいいなら精一杯のことをやらせてもらうことを説明し、「それでいいですか?」と聞いてきた。また、時間がかかるものなので、1年から2年くらいはほしい、とも言った。それは難しそうな気がしたが、それでも私はここで治療を始めてみることにした。

しかし、治療している間もガンは進行し続けていた。
今年2月、病院のCT検査でガンが進行していたら、キイトルーダとレンビマの併用療法を始めると主治医と約束していたので、鍼灸の先生にもそれを伝えていた。先生は焦っていて「もう少し時間があれば・・・」というようなことも言った。「後悔したくないから」と、高価なサプリメントを大量に無料でくれることもあった。

結果的に、2月の検査結果は悪く、3月から私はキイトルーダとレンビマの治療を開始することになった。先生に告げると、とても残念そうだったし、申し訳なさそうだった。でも私は9ヶ月間、そこに通ったことを後悔はしていなかった。もちろん先生を責める気持ちもない。むしろその逆で、先生と出会った頃、胃腸の不調とガンの疼痛で毎日が本当に辛く、「もうすぐ死ぬのかな」と不安になる日々を送っていたのに、先生に出会えて「生きる希望」が見えたのだ。「良くなるかもしれない」と思えた。あの頃の不安な日々を救ってくれたのは、確かに先生だった。
私がそれを伝えると、先生も「そう言ってもらえると、この仕事をやっていてよかったと思います」と喜んでくれた。

そして、これから治療をどうするかという話になり、いったんキイトルーダとレンビマの副作用などの様子を見て、それから今度は副作用を軽減する施術に変えていく、ということになった。
続けて通うことは決まったが、1か月ほどお休みした。その間、私は新しい治療と副作用に対面していた。

新しい治療がどういうものかわかり、副作用も経験し、いろいろ落ち着いたので、1か月ぶりに鍼灸院を訪れた。先生は「またお顔を見られてよかった」とマスクをしていてもわかるほど微笑んでくれた。
そして、「お体をみてましょう」と、うつぶせになった私の体の様子を指先と手のひらで確かめていった。
この日はなぜかもう一人の女性の先生がお休みで、患者さんもその時間は私しかいなかった。しーんとした施術室で、癒し系のオルゴールのような音楽だけが小さく流れていた。
ふと先生が、「今度、お墓参りをすることがあったら、よくお礼を言っておいてくださいね」と言った。
この状況と先生とお墓参りという言葉が結びつかず、「お、おはか?え?」と私が戸惑っていると、「お墓参りです。無理に行く必要はないですけど、機会があればお礼を言っておいてほしいんです」と言う。まだ何のことだからよくわからないまま「はぁ・・・」と返答すると、「今まで話したことなかったですけど、僕、霊感というか・・・いろいろ見える力があるんです」とびっくりするようなことを言った。「30歳の時、7年前にある人からその力を施術にも使うべきだと言われて、それから使うようにしています」と。

これは本当に驚いた。院内もあんなにじっくり見たホームページにも、どこにもそういうことを感じさせる要素がなかったからだ。患者さんとの会話などからもまったく聞いたことがない。噂もない。きっと私のようなガン患者で、それもごく少数の人にしか話していないことなんだろうなと思った。
私はもともとスピリチュアルなことは受け入れられるタイプなので、それを聞いて気持ち悪いとか引くようなことはなかった。それより「やっぱり導かれていたのか!」という気持ちの方が強かった。

その後、なぜ先生が今日このことをカミングアウトしたかも教えてくれた。
「最初に来られた時、正直に言いますけど、良くなるかどうかは五分五分だったんです。難しいかなぁとも思ったんですけど、決めるのはSさん(私)なので、Sさんがやるとおっしゃったから、それなら僕も精一杯やらせてもらおうと思いました。まあ、ちょっと焦りすぎて、無茶をさせたことは反省してますけど(笑)」
たぶん大量のサプリや、かなりきつめのお灸をしたことだろう。

「いつも患者さんを見たら、この人治るなとか、ダメだなとかわかるんですか?」
「そうですね、だいたいわかってしまいます。もちろん言いませんけど、ダメだと思った人はやっぱり・・・」
いろんなことを思い出したのか、先生は少し言いよどんだ。
「で、私は五分五分だったわけですね」
「はい。でもね、今日、久しぶりにお会いした時、以前と取り巻く空気が変わってたんです」
「空気が?」
「そう、前は五分五分だったのに、これは良くなるってわかる空気に変わっていました。だから、お墓参りの時にお礼を言っておいてほしいんです。守られていますから」

不思議だけど、すんなりと腑に落ちる話だった。
ちょうど「キイトルーダが効いとるだー!」と、主治医もびっくりの奇跡に近い効果が出た後だったからかもしれない。
やっぱり良くなっているし、私はこのまま良くなるんだ!と思えた。いつも何かに守られている、導かれていると感じるのも、納得がいった。

翌日の土曜日は、毎年恒例のお花見をした。
私の中学時代からの親友、FとAと夫のTくん、私の夫の5名で、うちの近所の川沿いの公園に集まり、適当に持ち寄ったものを食べて花見酒を飲みながらしゃべりまくるという会だ。

私は料理する力がなく、
夫が唐揚げとポテトと鯖の燻製を作った。
みんなの持ち寄り、美味しかった!


今年は桜の開花が遅く、1輪、2輪と数えられるくらいしか咲いていなかったし、花見酒も私は飲めないからお茶とりんごジュースだったが、そんなことは会の楽しさとはまったく関係がなかった。
本当は副作用があって動けないから今年は無理だろうとあきらめていたのだが、キイトルーダが1週間延期になったことで、ちょうど副作用もおさまり、お腹が痛いだけという大チャンス!「当日の朝の体調で決めていいよ」とみんなが言ってくれたので、当日の朝に痛み止めを多めに飲んで、「大丈夫、やろう」と連絡した。

久しぶりの外。暖かい春の風。みんなの笑顔。たわいもないおしゃべり。
桜はほとんど咲いていないから、私たちの他は誰もいなかったけど、「春のピクニックやね」「どうせしゃべってばっかりで花見ないしな(笑)」なんて言って、みんながその場を楽しんでいた。
私はただ、大好きな人たちに囲まれていて、幸せだった。
※トップの写真は1週間後の桜。本当はこうなるはずだった。

夕方になり、片づけて歩いて帰る途中、鍼灸院のそばまで来たので昨日言われたあの話を思い出し、FとAにそのことを話した。夫たちはもっと前を歩いていたので3人だけだった。
先生が実は霊能力みたいなのがあること、最初は五分五分だったこと、でも昨日1か月ぶりに行ったら「空気が変わった。良くなる」と言って、能力をカミングアウトしてくれたこと・・・。
一通り話し終えたら、急に背中に衝撃が走った。Fが思い切り私の背中を叩いたのだ。
それに、「なんで早く言ってくれへんの!!」と、ちょっと怒っている。
「いや、いろんな話してたし、するタイミングがなかったから・・・」
本当に、しようと思いながらも忘れていたのだ。
Fは私の背中をまたバシバシと何度も叩きながら、
「良くなるねんなぁ!良くなるってことやんなぁ!」と泣き出した。
ようやく叩かれている意味がわかり、「うん、良くなるって。大丈夫やって」と言うと、「ほんまに、ずっと、良くなってほしかったから~!」とFは、大人のくせにうわ~んと泣いた。
それを見た私とAもつられてぐずぐず泣き出した。

「早く言ってよ~」とまた私を叩くF。
私は、「鍼灸の先生にそんな力あったんや~」とか「不思議やなぁ」みたいな感想を二人から言われるだろうと思って話したのだが、二人が重要視したのはそこではなかったのだとようやく気づく。
先生に本当にそんな能力があるのかどうかなんてわからない。だけど、それが小さな確率でも「五分五分だったのが、良くなっているし、これから良くなる」と言われたこと、その希望だけで二人を喜ばせるのには十分だったのだ。「聞いて!聞いて!」と、いち早く報告すべきことだったのだ。

「良くなるよ」と私はもう一度二人に言った。
二人とも13歳からずっと一緒にいる親友。まだこの輪から誰か欠けるのは早いよな。もう少し一緒に遊びたいよな。バカみたいに酒飲んでしゃべりまくりたいよな。
でも大丈夫。私は良くなる。

前を歩く夫たちは、ぐずぐず3人で泣いている私たちを不思議そうに見ていた。
まだ叩かれた背中がじんじんしていたが、それが私にはひどく心地よかった。

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