生きやすさ

ひとりで外を歩いていると、ふと考えを書きたくなったのでアカウントを新しく作った。書かないと進まないこともある。

ここ最近、家に引きこもることが多くなった。
外は大雪、暖かいこたつの中にいるのが平和だった。
しかし、家から出なければならないときはすぐにやってきて、レポートの提出に大学へ向かった。
雪は一晩で20センチ以上積もっていて、車が作ったわだちの中をバランスを取りながらふらふらと歩く。そこでふと、「生きやすい」という感情が私を襲った。清々しくも悲しい気分になって、

「あぁ、ここが大学の近くじゃなくて、もっと遠くのどこだかわからない、私のことを知っている人が誰もいないところだったらよかったのに」

と思った。
実際のところ、「生きやすさ」≒「呼吸のしやすさ」で、自室の空気が悪かっただけなのだろう。でも、なぜだかそう感じたことが忘れられなかった。

そこで、度々変わるわたしの中の「生きやすさ」の定義を考えた。
【自分のことをわかってくれるひとがいること】
と思い浮かんだ。わたしは割と自分のことが好きだ。
世の中との判断基準が違う、わたしの中の判断基準では、自分は『秀』に近い『優』であると思っているし、理解者にはわたしのことを同じものさしで評価してほしい。全肯定して欲しい、むしろ【わたし】であって欲しい!!

全人類に共通することだと思っているんだけど、人間はとにかく褒められたい生き物である!ということ
今の競争社会の中では「相手を褒めたら負け」だと思っている人がいるかもしれない。自分から始めないと自分にも返ってこないのに。
わたしはとにかく褒められたい。今日も一日生きていることも褒められたいし、朝目覚ましで起きれたことも褒められたい。頑張って化粧したことも、お料理したことも、ひとと話せてることも、返信していることも、全部全部褒められたい。
毎日何回も褒められるのはきっと疲れるから、自分が褒めてほしいときに褒められたい。そういう時こそ、【わたし】の出番で、【わたし】はわたしを褒めてくれる。こんな都合のいい存在がいることで、きっとたぶん私は生きやすく生きて行けると思う。

こんなことばかり言っていても、自分だけの世界から抜け出せないと思うので、世界のために一言、

『みんな他人を褒めよう!!』

ってことで、心を軽くしておわり。

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ぼちうさの主張

ただの妄想。そしてすぐ変わる。
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