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「親の死に目に会えなかった」は親不孝なのか?

前回の記事の続き。

https://note.com/bodymessageart/n/n686a4db0dbce/edit

「親が亡くなった時に
立ち会うことができなかった自分を
責めている」
という話を時々耳にします。


最期に一目会いたかった。
あの時、側にいてあげられれば。
さみしい思いをさせたのではないか。


どうしても
「もっとできたことがあったのでは?」
と思ってしまいますよね。


でも
「死に時を本人が選んでいる」と考えると
別の解釈が成り立ちます。

飛び立つ鳥

「もうやり残したことはない」

「私の家族はもう大丈夫😊」


そう思って、あなたのいない時に
旅立たれたのではないか。


だからね
もう、ご自分を責めないで。
そんな風にお伝えしていました。


過去の出来事は変わらない。
けれど、今にいる自分が見方を変えるだけで
癒しが起こることがあります。

そんな氣付きのお手伝いができればと思います。

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