もうひとつの東日本大震災_「やさしい日本語」とは。

2016年3月11日で東日本大震災(2011年/最大震度7)から5年となり、日本各地で追悼行事が行われた。もう5年...まだ5年...。時間は刻々とすぎていく。

私たちがもし海外にいて、何か大きな災害にあったとしよう。もちろん日本語は通じない。想像してみる。もしそんなことが起きたらどうするだろう。何が、どんな情報が必要だろう。そんなことが東日本大震災下でも実際に起こっていた。東日本大震災では日本人だけでなく、多くの外国人も被災した。被災地では日本人への情報すら整合性がとれず混乱している中、外国人住民への情報伝達は困難を極める。たとえば、「高台へ避難してください」というのを「(陸前)高田へ避難してください」と勘違いし逃げようとしたところ、「高田じゃない,高台だ」と必死に言い聞かせられ,危うく難を逃れたという外国人配偶者の報告もある。

複数の言語で災害情報を放送するなど音声での伝達の場合、聞き逃してしまったら次また自分の母語での放送を待たなければならない。それでは英語で伝えたらどうかとおもわれるかもしれないが、被災地の外国人住民の国籍は必ずしも英語圏ではないため必然性が見いだせない。では、緊急性の高い情報を、様々な外国語を母語とする外国人住民に迅速かつ正確にに伝えるにはどうしたらいいのか。

阪神・淡路大震災(1995年/最大震度7)が起きた1995年、このことが大きな問題となり、弘前大学人文学部社会言語学研究室によって考え出されたのが「やさしい日本語」だ。これは、日本語に不慣れな外国人にもわかりやすい、普通の日本語よりも単純な日本語での情報提供で、日本に住んで1年くらい、あるいは旧日本語能力試験3・4級程度の外国人を対象としている。※「やさしい日本語」は阪神・淡路大震災(1995年/最大震度7)、宮城県北部地震(2003年/最大震度6強)、新潟県中越地震(2004年/最大深度7)、東日本大震災(2011年/最大震度7)のとき、被災者へ伝えられた情報に基づいている。

また、日本語は日本人にとっては母語なので、何とかわかりやすく伝わるように言い換えることは、外国語で伝えようとするよりも現実的かつ確実だ。例えば、「高台へ避難してください。」「やさしい日本語」で言い換えると、「高いところへ逃げてください。」となる。

「やさしい日本語」を作るにはいくつかのルールがある。『<増補版>「やさしい日本語」作成のためのガイドライン』よりいくつか抜粋する。(※noteでは漢字の上に振り仮名がでないため省略。通常は漢字の上に振り仮名あり)

難解な語彙は言い換え、漢字に振り仮名を振る。

例:
危険⇒危ない
警戒する⇒気を付ける

災害時によく使われる語は、言い換えずにそのまま使い、<>を使い言い換えを追記する。

例:
余震 <あとで 来る 地震>
避難所<みんなが 逃げる ところ> 
消防車<火を 消す 車>
炊き出し<温かい 食べ物を 作って 配る>

文末表現はなるべく統一するようにする。

例:
可能=することが できます。
火を使えます
火を 使うことが できます。

不可能=することが できません。
電話は使えません。
電話を 使うことが できません。

※可能表現は「れる」「られる」でなく「することができる」とする。これは日本語初級の学習者が一番はじめに「~ができる」という表現を習得するため。

時間は12時間表記で書く。

例:
09時30分⇒午前9時30分 
21時30分⇒午後9時30分

では「やさしい日本語」の理解率と普及状況はどうなのだろうか。実際の災害時に市町村報道で使われる日本語と「やさしい日本語」とを比べ、災害時に「やさしい日本語」が有効であることを検証する実験(『「やさしい日本語」の有効性検証のための本実験解説書』)では、結論として、普通の日本語での情報を見聞きで正しく理解した外国人は60.5%、一方、「やさしい日本語」での同じ内容を正しく理解した外国人は84.9%だったそうだ。(『災害下の外国人住民に適切な情報を――「やさしい日本語」の可能性』)「やさしい日本語」での情報提供の意義は実験によっても立証されている。

このような「やさしい日本語」で外国人に情報を伝える取り組みは、すでに47都道府県すべてで実施東日本西日本)されていて、防災情報や、避難誘導標識、生活情報などを伝えるのに活用されている。(『「やさしい日本語」に対する社会的評価』)

一方で、緊急時支援における言語的問題は、日本語母語話者同士でも起こりうる。東日本大震災には、支援者が現地の方言が分らず医療活動に支障をきたすという問題も生じた。そのため、東北方言の方言集・方言辞典からオノマトペ(擬音語・擬態語)の語形や用例を集めて編集した冊子『東北方言オノマトペ用例集』が作成され,国立国語研究所のホームページでは全編がPDFで公開されている。https://www.ninjal.ac.jp/pages/onomatopoeia/

緊急支援における言語的問題は、人命に関わることもある。外国人に対しては英語でという固定観念から「やさしい日本語」という情報提供の方法があるということを、もうひとつの東日本大震災の見方として紹介させていただいた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

<参考サイト>

弘前大学人文学部社会言語学研究室

【SYNODOS】災害下の外国人住民に適切な情報を――「やさしい日本語」の可能性/佐藤和之 / 社会言語学 http://synodos.jp/society/15228

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