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阿倍野のご老師


 「その道に入るんやったら、親や家族の死に目には会えぬと思え」「頂いたお座敷は断るべからず」とは、卒業後に亡父が言った言葉。流石に、年齢と共にペースが変わり最近は、時々お断りすることが出てきた。

 時代遅れに響く今日頃ごろだけれども、確かに父はそのような生き方をしていたなあと思い出した。決して善人ではなかったし、裏も表があるええかっこしいのところを、私は見事に受け継いでいる。と思えば、母の田舎風味の割り切れなさも、しっかりあるので、都会の田舎暮らしも自然の成り行きなのかもしれない。

 こんなことを書いたのも、昨夜は阿倍野のお寺のご老師の通夜にお参りしたからかもしれない。98歳の大往生。生きていたら、父と同い年。音楽や版画、本の出版と、宗派も軽々と超えて考えておられたことを、なにわ言葉でわかりやすく著書に表されていた。あえて、「仏教」と言わずとも、そこにいらっしゃるだけで、安心をもたらすお方であった。幼い頃には、このような人が身の回りにたくさんいらっしゃった。今も、そうなのであろうが、作品を作る業は深く、時として身近な人のことがわからなくなるのだ。

 老師の穏やかな穏やかな尊顔を拝し、垢がスーッと抜けていった。
人それぞれの考え方があるが、葬儀は、家族以外のものにとっても大切な意味があるものだと思う。

 今日のご葬儀は、画廊からからお見送りすることに。
なにわの和尚、森正隆老師、ありがとうございました。


©︎松井智惠            2024年3月22日

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