「決意」

佐和ちゃんと別れてから2年。

僕はまだ未練が断ち切れず
(また元のように付き合えるかも?)と儚い夢をおぼろげに描いていた。とはいえ、年頃の僕に周りが可哀想に思ったのか女の子を紹介してくれたりする人もいた。


その中に店の同僚で隆という奴がいた。
こいつは僕と同じ年で、仕事は真面目にやっていたが、僕と違うのは女の子に手が速いということ。
どうやら僕はそういう奴と縁があるらしい。
隆は休みの日には六本木のディスコへ女の子をナンパしに行っていて、次の日になると「昨日ナンパした子」のことを自慢気に話した。
隆にも女の子を紹介された。
一緒にディスコにもいった。
とはいえ、ダンスはからきしセンスのない僕はずっとカクテルを飲むだけだったが。


ある日、僕と隆、バイトの女の子2人で飲みに行った。

そのうち1人の子を僕は少し気になっていた。
渋谷の居酒屋へ行き、僕にとっては佐和ちゃんと飲みに行って以来久しぶりの楽しい一瞬。
その後、みんなで僕の家に行こうということになった。

その頃、僕は以前の友達が彼女と同棲するために出ていったので、1人で渋谷沿線にあるワンルームマンションに住んでいた。

僕の家に行って少し飲んだあと、そのまま寝ることになったのだが、ワンルームなのでいわゆる雑魚寝状態にするしかない。

床に僕と(僕が気になっていた)子、僕のベットに隆ともう1人の子、が寝ることになった。

次の日僕は早番だったのでもうあと2時間くらいしか寝られない。
そそくさと寝る準備を始めた。
アラームをセットしてすぐに僕は寝てしまった。

あとで隆に聞いた話では、僕のベットですることはちゃんとしたらしい。
まったく人のベットで何やってんだ?と怒る気にもなれず。


良祐はいうと、大学卒業後就職し化粧品の営業をやっていて中々連絡も取れずにいたが、先日連絡があって会社の同僚と結婚するらしい。
結婚後、一度奥さんになった人を連れて僕の部屋にきた。さばさばした感じの「大人の女性」だった。


その頃、僕はもうギターへの夢を諦めかけていた。
手は仕事で扱う洗剤でボロボロ。
仕事がきつく、家に帰ると疲れてそのまま寝るだけ。
週に一度の休みも寝て起きたらもう夕方。
たまにギターを弾いても全く上手く弾けない。
そんな生活が続いていた。

(このままここで働いて、調理師免許でも取ってやってみるのも良いな)
そう思い始めていた。

休みの日には気分転換にいろんなところへ出掛けるようになった。
美術館、動物園、デパート。

本も沢山読んだ。
その中に一冊の本があった。
渡辺貞夫さんの「ぼく自身が考えるジャズ」
夢中で読んだ。
貞夫さんが音楽を学ぶために渡米した話。

読んでいるうちに
(俺はなんでここにいるんだろう?)
と思った。

(ギター弾くために東京に出てきて、いつの間にかギターも弾かなくなって。)
(それで俺は本当に幸せなのか?)

僕は
(もう一度音楽をやってみよう)
と思った。

そして
(貞夫さんが行ったバークリーに行ってみたい)
(俺を送り出してくれた両親のためにも、もちろん自分のためにも。
そのために東京に来たんだし。)
(それが一番自分が幸せになるための道なんじゃないか?)

そう思ってから少し経ったある日、東京に来た両親と会った。
その時にその事を話した。
当時、父は単身赴任で三重にいたが、この度東京に転勤になるのでウチに戻れることになったらしい。
昔から僕がギターを弾く事を応援してくれた母が喜んでくれた。

僕の心は決まった。


決心してからは速かった。
すぐに店に辞める事を伝えた。
いきなりだと迷惑をかけることになるので3ヶ月後に辞めます、と。

どうすればバークリーに行けるのか?も調べた。
向こうでの生活も含めて。

そう決めてから、またギターを弾き始めた。
ずいぶん鈍ってしまっている。
弦が痛い。
指も動かない。
しかし僕はめげなかった。

生活も変えた。
仕事から帰って食事のあと少し寝る。起きたらギターの練習をほぼ朝まで。また少し寝て仕事に行く、という生活。なぜか辛くなかった。

僕はまた夢を見始めた。

一度は諦めかけた夢を。


店を辞めることにしたが、心残りもあった。
(最後にもう一度佐和ちゃんと話がしてみたい)
思い切って前のように佐和ちゃんを飲みに誘った。
初めは柔らかく断られたけど、ある時同じ時間に仕事が上がれる日があってまた誘ってみると
「最後だしね。」
と言ってくれた。

あれから2年。
佐和ちゃんと久しぶりに2人で会うことになった。
前によく2人で行った居酒屋。
僕は今の自分のこと、思ってることについて話した。
そして、あの時思ったことや今佐和ちゃんに対して思ってることも。
佐和ちゃんはそれなりにちゃんと聞いてくれた。
「そんなに好きなの?」

その日、佐和ちゃんと僕は2年ぶりに、前とは違う僕の部屋で一緒に朝を迎えた。

次の日、僕は早番、佐和ちゃんは休み。
僕が仕事から帰るとまだ彼女は部屋にいた。
またやり直せる。
僕は嬉しかった。

それからも何度も以前のように2人で飲みに行き、何度か佐和ちゃんは僕の部屋に泊まりにきた。
店でこっそりと部屋の鍵を渡されるのがたまらなく嬉しかった。

しかし店では全く前と変わらない冷たいそぶりをみせる佐和ちゃん。
その表情の暗さがなぜか僕の心にひっかかっていた。


その少し前、1人のバイトの子が入ってきた。
スラッとした体型でまだ高校生だという佳奈は人懐こい性格で、すぐに周りに馴染み、他の人とも仲良くなっていった。

ある日の仕事中、佳奈が
「佐田さん、彼女いるんですか?」
と聞いてきた。
「いないよ、そんなの。俺、モテないし。」
「私、佐田さん、タイプなんです。今度デートしてください。」
僕は今まで言われたことのない問いかけに言葉が詰まった。
それから周りからも佳奈のことをいろいろ言われ始めた。
いやがる振りはしたものの、心の中ではなんとなく嬉しかった。


佐和ちゃんとは相変わらず飲みには行くが、彼氏彼女という関係には戻れずもやもやした気持のまま。
僕はその心の隙間をどう埋めればいいのかわからなかった。


佳奈は僕とわりと近くに住んでいた。
こんな僕を好きだと言ってくれる佳奈と
(一回くらいデートしてみようかな?)
と思い始めた。
が、あくまで佐和ちゃんに対する気持とはまったく別の接し方をしたかった。

「俺んちまで来る?それなら良いよ。」
「わかりました。駅まで行きますから迎えにきてくれますか?」
「わかった。明日休みだから1時に駅のとこのケンタッキーね。」

次の日、佳奈はやってきた。
2人で買い物をして、僕の部屋に行った。
僕は料理は少しできた。
嫌いではない。
仕事のおかげで包丁も使えるようになった。
店長曰く「お前は世界一不器用な男だな」だったが。

わりと簡単にできるものを作り、2人で食べた。
その後、いろんな話をした。
こんなシチュエーションは初めてだった。
彼女でもない子と自分の部屋で2人きり。

僕は彼女に好きとは言わなかった。

自分のずるさを自覚しながらも、振り向いてくれない佐和ちゃんへの心の隙間を佳奈で埋めた。


僕は佳奈を彼女とは思っていなかった。
(僕はたぶんひどいことをしている。
佐和ちゃんにも佳奈にも。)
気持とは裏腹にそうしてしまう自分がいた。

その後も佳奈は度々僕の部屋にやってきた。
その度に僕は佳奈を抱いた。
寂しさを紛らわすように。

佳奈は他の人から、僕と佐和ちゃんの昔のことは聞いて知っていた。
僕に一度だけ言ったことがある。
「まだ好きなんですか?」
僕はただ「いや」とだけ答えた。

佳奈は何度も僕に
「お願い。辞めないで。」
と言った。
が、バークリーに行くという僕の決意は変わらなかった。
同じようなことを他の同僚たちにも言われた。
「ほんとに辞めるの?」
引き止めようとしてくれるその気持はとても嬉しかった。

そして2ヶ月後、ついに店を辞める日が来た。

最後の日に店のみんなが送別会をしてくれた。
店長初めアルバイトの子たちもほとんどきてくれて朝までみんなと飲んだ。

佳奈には実家の連絡先の住所を教えた。
「今度は店とは関係なく会おう。
うちでってわけにはいかないけど。」
佳奈とはまた会う約束をして別れた。


佐和ちゃんにも連絡先を書いた紙を渡そうとしたが、受け取ってもらえなかった。

辞める直前に隆から
「佐和ちゃん、店長とできてるらしいよ。」
と聞かされた。

そして僕は夢を追うために出てきた東京での生活にピリオドを打ち、もう一度同じ夢を追い始めた。

つづく

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