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「朝待ち」

 世界がグラグラと揺れている。世界が逼迫している音がする。なぜ、こんなことになってしまったのか。それは、ひとえにジッドの小説を読んでしまったせいだ。耳鳴りがする。頭痛もだ。けれど、僕にしては珍しく吐き気はしない。きっと、世界が終わるならこんな感じだと思う。これが、僕が望んだ結末なのだろうか。確かに、僕は触れている。それだけは、確かだ。
 夜の街を歩くのが好きだ。それは、目に痛いネオンが淫らに光る町のことを言いたいのではない。ディックもギブソンもいない。ただ、朝に向かって国道を走る車とコンビニエンスストアだけが存在する町のことだ。
 夜の街を歩くのが好きだ。ガールフレンドと夜の中学校に忍び込んで、誰もいないプールで裸になるような心地よさ。まぁ、ガールフレンドのいない僕がこんなことを言うのは、妙な話かもしれない。でも、夜の街を歩くときには確かにこんな心持ちがして、自分以外には誰も、人っこ一人この世界にいないんじゃないかと思う。ああ、コンビニの店員を忘れていた。 僕とどもりの青年。この街には、僕と彼二人しかいないような。けれど、実際には、人々は眠りについているだけで、姿を消した訳ではなく、ただ眠っているだけだ。けれど、僕は、そのように感じる。だとしたら、いまは、まだ出会っていないだけ、いや、すでに出会っていてもまだ、先のストーリーを知らないだけかもしれない。だとしたら、僕にガールフレンドがいないとも言い切れないのではないか。この街で、まだ見ぬ誰かを待っている。そう言う風に言えるかもしれない。
 もし、僕がガールフレンドに出会ったなら、その時は、どうすればいいのだろう。夜の街には、僕とどもりの青年しかいない。いや、正確には、眠っている人々も車を運転している人もいるのだけれど。ガールフレンドが現れたなら、僕はどうにかしてどもりの青年を消さなければならない。別に殺してしまう必要はないだろう。彼には、眠りについてもらえばいい。そうしたら今度は、コンビニエンスストアが回らなくなる。そのまま、潰れてしまうかもしれない。それとも、僕がどもりの青年の代わりになるのだろうか。それは、僕としてもいただけないし、物語としても、ひどくつまらない。
 夜の冷えた空気を肺に吸い込みながら、どもりの青年から受け取った紙コップにコーヒーを注ぐ。国道沿いを多くの乗用車とトラックが朝に向かって走る。僕は、コーヒーを飲みながら、ガールフレンドを待つ。この街が崩れる前に、やってきてくれるといいのだけれど。耳鳴りと頭痛は強くなるばかりだ。

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