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群馬県は嬶(かかあ)天下なのか

 閏年でなければ、2月28日の昨日あたり、「2月も今日で終わりだね」とか、「もう、明日から3月か」などと言っていたはずだが、今年は一日遅れて今日言っている。
 もちろん、何も言わない人や、私のように「今日は何日だっけ」なんて言っているおおらかな人も少なくないだろう。

 閏年の2月がいつもより1日多いことによって、得している人や損している人がいるのだろうか。いつものように、どうでもいいことを大まじめに考える私の軽い頭のなかを、そんな疑問がのそのそと歩きまわっている。

 さて、その2月も今日で終わり、まもなく本格の春を迎える。春にまつわる言葉のひとつに「春一番」があるが、春一番は同じ春の風である「春風」などとは違って強烈な風だ。
 そして、群馬県で強烈な風といえば「空(から)っ風」がある。これの正体はこの地域で「赤城おろし」と呼ばれるもので、群馬県全域ではないが、10月頃から翌年3月頃にかけて吹き荒れる。
 この空っ風は「嬶天下に空っ風」ということわざに結びつく。なぜ群馬は嬶天下ということになったのか、ほんとうにそうなのか。閏年の損得よりもこっちのほうが気になる。

 「嬶天下に空っ風」は、正しくは「上州名物嬶天下に空っ風」という。
 成語林(旺文社)では、嬶天下を「上州の女性の気質と土地柄の特徴をいったもの」とし、上州はかつて養蚕が盛んで、その仕事を女性が行なっていたことから、家計の主導権を握ることが多く、発言力も大きかった、という旨の解説をしている。
 この解説からは、女性だけが養蚕に携わっていたようにとれるが、実際は子供以外の働ける家人全員だった。
 それはさておき、そんなわけで嬶天下となったのだそうだ。

 ほかに説はないかと思っていたら、うまいぐあいに「県民性の日本地図」(文春新書、武光誠・著)というものが手近にあるではないか。
 そこにひとつの説が紹介されている。要約すると、養蚕も絹織物も女性に向いた仕事であり、上野国、つまり上州(群馬県)の農家では共働きになることが多かった。
 そして亭主が、「うちの嬶は天下一だ」と言っていたのだが、いつの間か「一」が抜けてしまい、「嬶天下」になった、というものだ。

 どっちの説が正しいのか、あるいはどっちも正しくないのか、そのへんはわからないが、前者(成語林)と後者(文春新書)では女性像がまったく異なる。前者では〝権力者〟ともとれるが、後者では〝良妻〟と解釈できる。群馬の一県民としては、心情的にも名誉のためにも〝良妻〟説をとりたい。

 そもそも県民性なるものはあるのだろうか。これも疑問のひとつだった。これについては、かなり大雑把ではあるが一応あるようだ。その地域の気候や地形、文化、歴史、信仰、思想などが複雑に絡みあって作られるらしい。この、地域的な規模を「国」にまで広げれば「国民性」ということになる。

 参考までに群馬県民の県民性を「県民性の日本地図」から拾ってみると、「陽気で楽天的で義侠心にあつい反面、熱しやすくさめやすい、だまされやすい」「気質は荒いが、その素朴さが人に安心感を与えたりひきつけたりする」「働き者で、目標に向かって突き進む」ということらしい。
 もちろんすべての県民に当てはまるはずはないが、はてさて、嬶天下との接点は見いだせるであろうか。
 ちょっとそれるが、だいぶ前に大ブレイクした「木枯し紋次郎」は上州新田郡三日月村(架空)の生まれだ。

 昔はともかく、現代は情報網が発達し、さまざまな面で交流も盛んになっている。したがって地域差はほとんどなくなり、県民性は希薄になっているはずだ。
 仮に、過去に嬶天下の時代があったとしても、現在は「上州名物」ではないと思う。そして、「上州の嬶は天下一だ」の方で決着したいところだ。

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