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ムジナじゃないよタヌキだよ

 ちょっと古い話だが、飲み会でタヌキとムジナの話が出た。タヌキとムジナは同じ生き物か、それとも別の生き物か、という話だった。A氏は同じだと主張し、B氏は別物だと主張した。
 「同じ穴の狢」ということわざもあるし、狢汁、狢髭、狢藻などというように、ムジナの漢字やムジナがはいった単語もある。そう考えると、確かにムジナは存在するようにも思えるし、B氏の気持ちもわからないではない。

 ムジナを日本国語大辞典で引いてみたら、「①あなぐま(穴熊)の異名。②たぬき(狸)の誤称。狸の毛色が穴熊に似て、混同されることが多いことからいう」とある。なんと、新たにアナグマが登場した。
 これでは三つ巴であり、よけいにややこしくなってしまったが、タヌキとアナグマは間違いなく別の生き物だ。したがってアナグマは無罪放免。

 しかし、まだ曖昧なので世界大百科事典と日本大百科全書を引いてみた。すると、おおよそ〝ムジナは動物学上の呼称ではなく、タヌキやアナグマの俗称〟という説明だった。またアナグマが顔を出したが、アナグマは無罪放免が確定している。
 とにかく、一応これでタヌキとムジナは同じ生き物だということがはっきりした。B氏は無念の敗退ということになる。

 ところで、酒の席での話題どころではなく、裁判沙汰にまでなった有名なできごとがある。大正十四年に起きた「たぬき・むじな事件」だ。ある人がタヌキの猟をして、それが違法だとして裁判にかけられたのだ。
 問題点は二つあり、一つは猟期の問題。もう一つは被告の認識の問題だ。被告は「おれが獲ったのはタヌキじゃなくてムジナだ」と主張した。「タヌキは禁止だけど、ムジナは禁止されていないじゃないか。だからおれは無罪だ」というわけである。B氏のごとく、タヌキとムジナは別の生き物だと言い張ったのだ。

 容疑者が心底「タヌキとムジナは別の生き物」と信じ込んでいたため、犯罪自体が成立するかしないかというところまで行ってしまう。
 個人のみならず、一定の地域全体で通用している場合もある。「たぬき・むじな事件」の場合もこのケースに該当するようで、心底信じているのだから犯意自体はないことになる。
 この事件はややこしくて、非才の私がここで説明するのは難儀だ。だからこれ以上述べないけれど、興味のある方はネットや百科事典などで調べてみるといい。

 世間には、勘違いや勝手な思い込みをしている人や集団がいる。ひどい場合には騒動を起こしたり罪を犯したりしているが、そこまで大袈裟でなくても、他人に迷惑をかけたり不快な思いをさせたりする人は少なくない。
 私は現役時代に不快な経験をさせられたことがある。タウン誌で連載していた記事でつかったある言葉が、差別語だとして言いがかりをつけられたのだ。読者C氏とD氏の二名(二人とも女性で、二人のつながりはない)が、はがきで編集部宛てに指摘してきた。間違っているのは私ではなく、C氏とD氏だったのだが。

 私は本やネットで集めた反論材料を揃え、それらといっしょに、私がつかった言葉が差別であるというならその根拠を示していただきたいという一文を添え、切手を貼った返信用封筒や反論材料などで分厚くなった角形2号の封筒を両氏に郵送した。
 しかし、二人から返事が来ることはなかった。私が要求した差別語であるという根拠を示すことができなかったのだろう。二人は間違った知識を鵜呑みにしていて、それが軽挙妄動を招いたにすぎなかったのだ。

 言うまでもなく私も含めてだが、誰にでも思い込みや勘違いはある。それを少しも疑わず、おれは絶対正しい、あたしは間違っていないなどと考えるのは少々危なっかしいのではないか。
 ところで、B氏はいまでも自分の主張をまげず、タヌキとムジナは別物と信じているかもしれない。もしも信じていたら、ムジナに、いや、タヌキに化かされているのかもしれない。

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