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お化けの化けの皮

 暑さに弱い人にとっては生き地獄のような今年の夏だったが、夏の「風物」、お化けにとっては自己顕示できる居心地のいい季節だったはずだ。
 お化けが季節の風物かどうかわからないが、夏になると注目されるのだから、あながち風物でないとは言いきれないだろう。
 私は、俳句に関しては門外漢でよくわからないが、お化けが俳句の季語になっているなどということはないのだろうか。

 「お化け」と「化け物」は同じものだ。もっとも、どちらも架空の存在だから定義は曖昧で、辞書にもはっきりとしたことは出ていない。
 「お化け」を引いても、たいていは化け物や変化(へんげ)、妖怪といった類の大雑把な説明ばかりだ。

 そんななかで、大辞林(弟四版)の説明は他のものとくらべて少し詳しく出ている(大辞林では見出し語が「お化け」ではなく「御化け」となっている)。
 ①何物(※筆者注/「何者」ではない)かが霊能によって姿を変えたもの。特に、異様・奇怪な形をしたものをいう。ばけもの。
 ②死人が再びこの世に現れたときの、想像上の姿。幽霊」(以下略)。

 辞典の説明に「幽霊」が出てきたので、ついでに幽霊も引いてみた(大辞林)。
 ①死者の霊。亡魂。
 ②死者が成仏できないでこの世に現すという姿。
 ③実際には存在しないものを形の上だけで存在するように見せかけたもの。

 ちなみに「化け物」を引いてみると(大辞林)、
 ①異様な姿・形をして、化け現れたもの。妖怪変化。おばけ。(以下略)
 ②普通の人間とは思われない能力をもっている人。
 とある。
 お化けも化け物も幽霊も漠然としていてよくわからないが、それはさておき、とにかく、何者(何物)かが化けたものであって、それが異様な形だったり怪しい姿だったりすれば、一応「化け物」ということのようだ。

 お化けの「お」は、「お茶」や「お説教」などというぐあいに使う、接頭語の「御」だ。つまり、「お化け」は本来ならただの「化け」ということになる。
 だから子供が「ぼく、化けなんて信じてないもん」なんて言ってもいいはずなのだが、そうならないのは「化け」が完全に「お化け」に化けきり、市民権を得てしまったからだろう。

 国語辞典も、「化け」ではなく「お化け」で載せている。「化け」という見出し語も載ってはいるが、化け物の「お化け」とは意味合いが異なり、単に「化けること」や「だますこと」などとなっている。
 「御」をつけて「お化け」としたのは、私の勝手な想像だが、サツマイモを「おサツ」と言ったりするのと同じ用法だろう。「おサツ(御薩)」は特に女性がつかう言葉で、中型辞典クラスになると載っている。
 それにしても、その用法を化け物でやろうというのはなかなかのものではないか。やったのは、さぞや洒落っ気のある御仁であったろう。

 ところで、「化けものつかい」という古典落語がある。奉公人代わりに化け物をこき使う隠居に、化け物の正体である狸が辛抱しきれず、ついに暇を願い出るという咄だが、この隠居に限らず、この世でもっとも怖いのは人間かもしれない。

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