しゅらしゅら
十二月ってしゅらしゅらしてるね。
娘の言っている意味がわからなくて、
「しゅらしゅらしてて嫌だねぇ」
と適当に相槌を打った。
「ちがうよ。しゅらしゅらしてるとこがいいんだよ」
「わかったわかった。早く学校行かないと。靴履いて」
「パパ、嫌い」
娘の何気ない一言が気に障ったわけじゃないけど、なんとなくやる気が失せて、心のゲージが急激に減っていって、
「じゃあ、学校行くのやめるか」
そう言って玄関に娘を残して家を出た。
一度も後ろを振り返らず、マフラーを直して、吐く息が白いなって空を見上げたりして自分はまた自由になったんだと駅へと向かった。
あれから15年ーーーー。
今年も嫌いな季節が巡ってきた。寒さが体に堪えるし、世間の賑やかさもうっとうしい。クリスマスだの新年だのは、ちゃんと雨風を凌げる家があって、家族や仲間がいてこその軽薄なイベントだ。乾燥した気持ちで前屈みの姿勢でその日その日を歩いていく。そんな季節だ。
とにかく、食事にありつかないと。今日は確か教会で炊き出しがあるはず。とりあえず朝と昼はそれで充分だ。
教会に行くと子供達がクリスマスの歌を楽しそうに合唱していた。ちょうど別れた娘と同じぐらいの年齢だ。
ここの信者だろうか。汚れた服の自分を温かく迎えてくれた、教会のボランティアスタッフがおにぎり一つと豚汁をよそってくれる。与えられた席に座って、隠れるようにしておにぎりにかぶりつき、豚汁を流し込む。空腹に沁みる。
「十二月ってしゅらしゅらしてるよね」
「そのしゅらってどっからきたしゅらよ?『春と修羅』のしゅら?」
さっきのスタッフの女性たちの会話に胸が高鳴る。そう言えば、娘もちょうどあの子達くらいだろうか。
「違うよ。あ、もしかしてあの時パパもそう思ったのかな」
「恋のパパって小さい時に亡くなったんでしょ?」
「うん……」
「あ、ごめんごめん、で、しゅらしゅらって何よ?」
「ダウンコートとダウンコートが擦れる音……」
パパと手を繋いでくっついて歩いてる時に「しゅらしゅら」って音がして。だから12月ってしゅらしゅらしてて好きだったの。
その会話を背に教会を出た。
ちらつき始めていた雪が大きくぼやけて見えた。
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