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服従

著者 ミシェル・ウエルベック
訳 大塚 桃
出版 河出書房新社 発行2017/05/15

ウエルベックは本書で4冊目となる。
素粒子、地図と領土、セロトニンを過去読んできて、いつも僕は読後の漠然とした陰鬱さはもちろん感じるのだが、彼の圧倒的な調査量と文章力から繰り出されるリアリズムとシニカルで痛烈な現代社会風刺力は底知れない。

ただのエロ本ではないのだ。

冒頭からウエルベックの文学論が炸裂する。
新年早々に陰鬱の代表格を気付いたら買っていた。

村上春樹には申し訳ないが、彼よりウエルベックこそノーベル文学賞今年もダメでした的な残念感が個人的にはある。
それくらい僕の中で推している作家のひとりだ。

🗒ぼくは身体の上を温かい水が流れるままにしておくだろう、長い、とても長い間、ぼくの身体が清められるまで。それから、ぼくは儀式のための大きな部屋に入っていくのだ。そして、それで儀式は終わり、ぼくはイスラーム教徒になるのだ。何年か前にぼくの父に起きたように、新しい機会がぼくに贈られる。それは第二の人生で、それまでの人生とはほとんど関係のないものだ。 ぼくは何も後悔しないだろう。
—『服従 (河出文庫)』ミシェル・ウエルベック著

ニ〇二二年のフランス大統領選挙の決戦投票で、イスラーム政権が成立するという設定で、主人公のインテリ文学者が冒頭のかなりまともな文学論を急展開させるがごとく、社会風潮へと迎合してしまっていく様がいつものウエルベックのざらざらしたシニカルでエロい描写と共に露呈されていく。

解説の佐藤優の友人が言うように、インテリは弱い存在だ。国家権力に自発的に迎合する人がほとんどだ。ヨーロッパのイスラームや中東の専門家の知識に政治家は敬意を払っていない。ましてや、大衆には、アカデミズムの成果を尊重しなくてはならないという発想すらない。

ヨーロッパ人は、自らが内的生命力を失ってしまっているのではないかと恐れている。この恐れが『服従』からひしひしと伝わってくる。

『服従』を読むと、人間の自己同一性を保つにあたって、知識や教養がいかに脆いものであるかということがわかる。それに対して、イスラームが想定する超越神は強いのである。

しかし、これは何もイスラームに限った話ではない。

国という枠組みを超えて、ボーダーレスな繋がりすぎたSNSでもよく見受けられる話に思えてくる。

冒頭の文学についての箇所
🗒 「しかし、ただ文学だけが、他の人間の魂と触れ合えたという感覚を与えてくれるのだ。その魂のすべて、その弱さと栄光、その限界、矮小さ、固定観念や信念。魂が感動し、関心を抱き、興奮しまたは嫌悪を催したすべてのものと共に。文学だけが、死者の魂ともっとも完全な、直接的でかつ深淵なコンタクトを許してくれる。そしてそれは、友人との会話においてもありえない性質のものだ、友情がどれだけ深く長続きするものであっても、現実の会話の中では、まっさらな紙を前にして見知らぬ差出人に語りかけるように余すところなく自分をさらけ出すことはないのだから。  もちろん、文学を語るのであれば、文体の美しさ、文章の音楽性は重要だ。思考の深さ、独自性もないがしろにしてはいけない。しかし、何よりも、作家とは一人の人間であり、その本の中に生きている。その本がよく書かれているかいないかということは最終的にはさして意味はなく、大切なのは書くということであり、そして、自らの著作の中に確実に存在すること

中略

これほど簡単で、一見誰にでも当てはまるように見えるこの条件が、実際にはそれほど容易ではなく、そして奇妙なことに、このたやすく観察できる明白な事実は、様々な学派の哲学者にほとんど取り上げられていない。彼らは、人間は誰でも、質はともあれ同じ存在「量」をもち、原則的にはほぼ同様に「存在」していると考えているからだ。しかし、何世紀かの距離を置いたとき、そういった印象を与えられることはあまりなく、ページを繰るに従い、そこで語っているのは特質を持った個人よりも時代の精神であるように感じ、そして我々は、本の中にはかなく存在する人間の存在が、次第に亡霊のように、固有名を失うのに立ち会うことになる」

—『服従 (河出文庫)』ミシェル・ウエルベック著

これはウエルベックの文学論が炸裂しているように見えるが、彼はさらにこれを皮肉として冒頭に書いているのだろう。

さて、文学にしろ何にしろ、言葉というのは、一度発せられると、発した人間の元を離れ、ただ浮遊し始める。
受け取った側のものになる。
だからこそ、書く、あるいは、発するときに、信念がないものを安易に書いてはならない。
あとから信念を曲げるくらいならば、井戸の底に沈めておく方がマシなのだ。
誰かに迎合したりするのはもってのほかである。

だからこそ、たとえ駄文であろうとも、よく考えて書くことを怠らないように僕は気を付けないとならない。

何となく服従を読み終えて、冒頭を再度眺めていたらそう思った。

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