被告人ニーチェ

ハート・クレインの散文(1918)

先の大戦(訳注 第一次)までは、ニーチェの著作はフランスにおいて適度な人気を保っていた。オックスフォード大学が彼の偉大さに気付く遥か前から、ソルボンヌ大学は彼を讃えていた。しかし現在そのフランス人は彼の思想を現代のプロイセン主義(訳注 軍国主義や専制を特徴とするプロイセン流の政治)の先駆けだと評している。

これほど理窟に合わないことがあるだろうか。ニーチェは

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めも。ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(河出書房新社/関口涼子=訳)2019年9月24日発売。著者はフランス現代文学の代表的作家。本書では巨大生化学メーカーを退職した若い男の語りを織り交ぜて、現代社会に対する深い絶望を描く。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309207810/

伝説

鏡は静かなものだと信じられている。
ああいう静けさで
現実は飛び込んでくる。

わたしはまだ後悔の用意もできていないし
失望を受容する覚悟もない。
だが炎に惹きこまれてゆく蛾ではなく
炎の方が静かに懇願し
頭を下げているのである。
粉雪の降る白い日には戦慄する
接吻だけが
その主張に値する存在である。

自分自身を使い果たした
人間たちは必ずや
この断絶と燃焼を
知るだろう。

そしてまたもや

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パラフレーズ

安定的に打ち続ける鼓動において
車の輪止めは撥音と促音を交互に繰り返す。
夜中に布団を飛び出た音は
彼の魂に打ちつけられた
記録を発見するだろうか。

一枚の賢明な物質が足を覆い
人生の整数の守護者となる。
薄膜が挟まって足指をほぐし
無目的な休息へと手を巻き込んでゆく。

機械的な太陽が人工的な
光りを枕に浴びせるとき
この鍵括弧によって言葉は
何を伝達できるのだろうか?
光るべきでない光りはひ

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手と手の挿話

予期せぬ私情が彼の頬を赤くした。

俄かに痛みを忘れたみたいに

感情に同意して、五本の指から

一本の指を差し出した。

裂傷からは血が溢れ出している。シャフトの太陽が

車輪の雲の隙間からちらりちらりと顔を出し

傷口めがけて軽やかに照り付けたのだ。

工場経営者の息子の手は鉄や

革を握る方法だけでなく

テニスラケットや文庫本を

握る方法も知っている。

暗いベッドに寄り添って

細く真

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文字がリズムになって、流れ込んでくる──ジェイソン・レナルズ『エレベーター』レビュー〔池澤春菜(声優)〕

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早川書房より8月20日に発売のジェイソン・レナルズ『エレベーター』。兄の復讐を果たそうとする少年が乗り込んだエレベーターの中での出来事を描く物語です。声優の池澤春菜さんによるレビューをお届けいたします!

(試し読み・作品紹介はこちら)
(テキスト版試し読みはこちら)
(深緑野分さんによるレビューはこちら)

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 1ページ目から、

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黄金の枝 7

だが森を統治している神はダイアナだけではない。格下の神が2人、この森林の聖域に同居している。一人は玄武岩から湧き出す清水のニンフ、エゲリアである。かつてこの水は滝となってル・モレという土地の湖へと注ぎ込んでいた。現代のネミの村人たちがこの地に水車を建設したためである。川底に小石の散らばった小川の流れる様子はオウィディウスにも紹介されていて、自身もこの水をしばしば飲んでいたと彼は言う。子を身籠った女

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黄金の枝 6

ネミのダイアナ崇拝については、さらにいくつか意義深い特徴が挙げられる。人々の間ではダイアナは狩猟の女神として崇拝され、男女に子宝を恵み、身重の女の安産を可能にすることを期待されていた。彼女を讃える儀式においては、炎が重要な役割を果たしていたようである。彼女の祝祭は毎年8月13日に執り行われていた。一年で最も暑いこの時期に、ネミの森には数多の松明の炎が輝き、赤々とした光を湖面が反射していた。さらに言

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黄金の枝 5

私はまず、現代まで語り継がれている、この問題に関係の深い二三の歴史上の事件、及び伝説について説明することから始めたい。とある伝承によれば、ネミにおけるダイアナ神崇拝は、オレステスによって始められたとされている。彼はケルソネスス・タウリカ(現在のクリミア)の王トアスを殺害した後、姉とともにイタリアへ、木の枝の束に紛れ込ませたダイアナの聖像を隠し持って、逃亡した。彼の死後に遺骨はアリシアからローマへと

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現代中国最大のヒット作、『三体』が日本でも爆売れした理由。大森望×藤井太洋トークイベント採録

お盆休みの方も多いこの時期、大きな話題を呼んでおります『三体』を、ぜひこのタイミングで読もうとしている方もいらっしゃるのでは。本欄では、7月に八重洲ブックセンター本店にておこなわれた、『三体』翻訳者の大森望さんと、『三体』著者劉慈欣とも関係の深い作家・藤井太洋さんのトークイベントを再録します(SFマガジン2019年10月号掲載)。満員御礼だった本イベントの貴重な採録、ぜひお楽しみください。

『三

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