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あーちゃんと冬のおてがみ

冬がやって来ました。
そとは時々冷たい雨が降る日が続いています。
おそとの葉っぱの色が赤や黄色になり始めた頃から、あーちゃんのところへカエルくんがやってくる日もだんだんと減っていきました。

はじめは、ポチャンっと水の跳ねる音が聞こえてくると、カエルくんかな?とあーちゃんは嬉しくなって、窓のそばに行きました。
やがて、音は聞こえたとしてもカエルくんがそこには居ないことがほとんどになりました。
ずっと待ち続けるあーちゃん。
やがて、音が跳ねても、あーちゃんは窓際が気にならなくなっていきました。

よく晴れた真夜中のことでした。

ポチャンっと音が跳ねて、あーちゃんは久しぶりに窓際を覗きました。
カエルくんではなく、そこにはお星さまとお月さまがあーちゃんににこにこしてくれています。

お星さまが思い出したかのように、あーちゃんに語りかけます。

あーちゃん、おてがみが届いたよ。

あーちゃんはピンク色の封筒を受け取りました。

☆☆☆

まだ秋だったある日の夜、お父さんがあーちゃんをいつも長く抱っこしてくれました。

「あーちゃん、明日からお父さんは出張に出かけるけど、お母さんと楽しい毎日を過ごせるかな?」

お父さんの出張。
あーちゃんははじめて聞く言葉です。

「うん!」

あーちゃんは、お母さんといつも通り楽しく毎日を過ごしてね、と言われたことを少しわかってもいました。

けれども、出張がどういうことなのか、わかりませんでした。

お父さんはその前の週、ひとりだけで何日か遠くまでおしごとをしに出かけてゆきました。
お父さんが居ない間、少し寂しかったあーちゃん。
夜、お父さんからビデオ通話がかかってきて、画面の向こう側で、にこにこしながら、おはなしを聞かせてくれました。お父さんは遠いお空にいるお友達の故郷を訪ねてみたそうです。
あーちゃんのこと、お母さんのことをたくさんお友達にお花を渡しながらおはなししたようでした。

明日から遠いところにいくのかな?

あーちゃんはいつまでも抱っこするお父さんの腕の中でそんな風に思いながら眠ってしまいました。

次の朝、少し遅く起きたあーちゃん。
お父さんがもう出張に行ってしまったあとでした。

いつも朝の早いお父さん。
きっと帰ってきたら、あーちゃんとお風呂に入って、いーち、にーい、さーん……。と数えてぶくぶくぱぁごっこをしてくれるはずです。

お風呂を上がる頃にはお母さんが一生懸命作ってくれたおいしいご飯をみんなで食べるはずです。

お父さんとお母さんとのあいだに挟まれながら、アンパンマンのビデオを見たり、お父さんのピアノの練習にタンバリンで伴奏したり。
お母さんと豆乳をごくごくと飲み、お父さんはプロテインを飲み、ぽんぽこりんに3人でお腹をさすって遊び、お父さんとお母さんのあいだに入って眠れるはずです。

お外がだんだんと真っ暗になりました。
お父さんはまだ帰ってきません。
あーちゃんは玄関の音に耳を傾けていました。
お父さんが帰ってきた!

おじいちゃんでした。
あーちゃんはがっかりしました。

あーちゃんは玄関の音にまた耳を傾けてみました。
お父さんかな?

おばあちゃんと大きいおじいちゃんでした。
みんなで集まってご飯を食べて、その夜はお母さんとお風呂に入りました。

髪の毛を乾かしてもらい、パジャマに着替えます。
あーちゃんはまた玄関の音に耳を傾けてみました。

お母さんがあーちゃんに厚手のコートを着せてくれました。

あーちゃん、お空を見ようか。
晴れてるからきっとたくさんたくさん星がキラキラしてるよ。

お母さんがあーちゃんを抱っこしてお庭に出てくれました。

そしてお母さんがピンク色の毛糸の帽子をしっかりとあーちゃんに被らせてくれました。

オリオン座が空の高いところでピカピカに光ってます。お星さまたちがあーちゃんの瞳の中で、きらきらとひかりながらたくさんおはなしをしあっていました。

お父さんまだかな?

あーちゃんはお母さんにお父さんの帰ってくるはずの道を指差ししてみました。

あーちゃん、お父さんは今日から遠くに出張だよ。お空を飛んで、海を越えて、大きな大地の国へ行ったんだよ。

お母さんがにこにこと優しく笑いながらお父さんのことをおはなししてくれました。

あーちゃんはお父さんが空を飛んで海を越えてあーちゃんがまだ見たことのないひとたちが住むところに行ったことがよくわかりませんでした。

あーちゃん、お父さんは今日は帰ってこないの。

そう聞いてあーちゃんは少し寂しくなりました。

つぎの夜、あーちゃんはまた玄関の音に耳を傾けていました。

すると、玄関の方からではなく、窓の方からコンコンっと音がします。

やあ、あーちゃん。元気だったかい?
とうとう、秋も真ん中をすぎたね。
今日は、あーちゃんに僕が春まで会えないことを伝えにきたんだ。

窓のそばにカエルくんがやってきてくれていました。

あーちゃんの可愛いクルクルの髪にいつのまにかティンクが撫でられていました。

あーちゃん、わたしとカエルくんは春まで逢えないけど、そのあいだにお父さんがきっと帰ってくるわよ。

それを聞いて、あーちゃんは安心し、元気になりました。

じゃあ、もう僕たちはさよならするね!
寒いからさ!
それではまたね!

あーちゃんが窓に向かって手を振る頃、お母さんのスマート・フォンにお父さんが映りました。

お父さんがお母さんとあーちゃんにビデオ通話をかけてきてくれたのでした。

画面の向こうのお父さんはにこにこしています。

毎日、夜になるとかけてくれました。

冬がいよいよあーちゃんのおうちの周りにもやってきました。
お外では、クリスマスの準備をしているおうちもあります。
落ち葉くんたちを思い切り追いかけて走り回るあーちゃん。すると、落ち葉くんたちは、かしゃかしゃ、さくさく、ぐしゃぐしゃと、いつも笑い合っています。

お母さんのお誕生日にはお祝いにおばあちゃんたちとケーキを食べました。

そうして1週間もしないころ、あーちゃんはおばあちゃんといとこのおねえさんたちのいるおじさんのおうちに遊びに行きました。

あーちゃん!2歳のお誕生日!おめでとう!

おじさんやおばさん、いとこのおねえさんたちやおじいちゃん、おばあちゃんがあーちゃんにそういうと、ケーキとプレゼントをあーちゃんにくれました。
たくさんお絵描きができそうなスケッチブック、いままでよりもたくさんの色があるクレヨン、新しいメルちゃんのお洋服、あーちゃんのお洋服もありました。

あーちゃんはおねえさんたちと歌ったり踊ったり。
カエルくんとティンクもいつの間にかそばにいました。

あーちゃん!お誕生日、おめでとう!!!

たくさん遊び、夜がやってきて、お母さんたちとおうちへ帰りました。

ビデオ通話でお父さんがあーちゃん、おめでとう!と言ってくれました。

映画をお母さんに抱っこしてもらいながら見せてもらいます。

それをお父さんは羨ましそうに見つめています。
時々、あーちゃん、あーちゃん、と呼んでくれました。

お誕生会で疲れたあーちゃんは眠ってしまいました。

お父さんが画面越しであーちゃんを呼んでくることに慣れたあーちゃん。
あーちゃんが眠ると、お父さんとお母さんの声が聞こえてきます。
お母さんがあーちゃんのおててを握ってくれます。

玄関の音に耳を傾けることも減りました。
ときどき、ヒューヒューと海からの風が落ち葉くんたちをダンスさせます。

☆☆☆

あーちゃんへ。

サンタさんがやってきて、教会にお母さんとミサに行き、おじいちゃんおばあちゃんたちとお餅を食べて、しばらくして、北風がぱりぱりの冬を運ぶ頃、お父さんは帰ってきます。
それまでお母さんと楽しく遊んでね、あーちゃん。

もうすぐです。

お父さんより。

おしまい

あーちゃんシリーズ

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