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ずっと旅する私でいるために

「前に進みなさい。」

今の自分に常に言い聞かせていること。どこに行きつくかわからないけれど、とにかく一歩前へ踏み出すこと。見えない未来への恐怖に打ち勝つこと。そしてそんな弱い自分をまずは自分自身が受け入れ、その様子を見た誰かが助けたくなる恥ずかしさも幸運も受け入れ、前に進む歩幅を自分と世界との狭間で調整していく。毎日の一分一秒すべてから培われた勘と運が、その場その場で試される緊張感。勇気が萎んでも、ここでゲームオーバーじゃないかって錯覚したくなる衝動をかき消し、立ち止まっても、また歩み続ける無垢さと貪欲さ。

ただただ前へ進むことの難しさも楽しさも振り返ってみると、旅が私に教えてくれたこと。旅は世界の縮図を目の前で示してくれる。そして旅は自分の現在地を教えてくれ、行く先に希望を与えてくれる。一歩一歩を自分が定める。でも、うまく流されたり、委ねたりもする。世界という共同体の袂で無理せず生きる。立ち止まる。世界のひと粒としてそこに属する私ができることなんて、ちっぽけでお粗末なものかもしれない。でも、前へ進む。

旅と一言で言っても10代の頃は、旅って記念写真を撮るための口実って思っていた。誰かと思い出を刻む。例えば、修学旅行とか、卒業旅行とか、そしていつかは新婚旅行にも行くんだと。そんな自分からワープして2002年。ひょんなことからクロアチアという未知の国で旅することになった。それもたった一人で。

大学を卒業し働き始めた銀行で、クロアチアという国があることを知った。そもそも学校で社会科を習っていた頃には、この名前の国は存在していなかった。たまたま、自席の後ろに座っていたクロアチア人の同僚は、自慢げに東京には5人しかクロアチア人がいないと笑っていた。そのうち大使館関係者が2人で、残りの3人のうちの一人なんだと。そのころクロアチアという国も、クロアチア人という存在も、それだけレアだったから、広い東京でこの彼からクロアチアの話を聞けた毎日は奇跡だった。この彼がいつも自分のお国自慢をしていなければ、知らなかったかもしれないこの小さく美しい国のこと。そしてこの遠い国には哀しい過去があることも。そして、ここから私の新しい未来が開けていくことも。

好きってすごい原動力。

イギリス人の彼とはニューヨークで出会った。会社の新人研修中に仲良くなったのだ。そこまでは普通なんだけど、これが2001年という特別な星回りだったから今でも跡形が強く残っている。みんな抜け殻のようになっていた。911という世界が激しく変わるきっかけをつくった事件を目の前で見たからだ。本当に訳が分からなくて、混乱していた。そんな時は人肌寂しくなるし、無性に誰かに優しくしてもらいたくなる。そして少し、いろんなことがどうでもよくなっていたようにも思う。

その好きな彼とは一旦ニューヨークで別れて、その後どこかで会おうよと話していたら、地図の上でクロアチアが目に留まった。その頃の彼はロンドン住まい、私は東京だったから私たちの間で落ち合える、どこか現実を忘れられるような異国を探していたら彼も、クロアチアに行きたいって言ってくれた。パリでもローマでもない、特別で、一人で行くにはちょっとだけ勇気のいる未開の地。ドキドキした。私たちは、首都ザグレブのホテルで会う約束をする。一泊分の宿泊予約とLonely Planetを手に、未来に委ねていた。

そして彼は来なかった。

次の日も来なかった。

ホテルのフロントのトトロみたいに巨大なおばさんに「前に進みなさい」と言われた。だから私は訳が分からないまま、一歩前に出た。何も決まっていない一週間を彼ではない、誰でもない、人ではない何かの力に任せて、私はバスに乗り込んだ。ただただ海辺に向かって私は前に進んだ。その時の種を破り裂き、殻から芽を突き出すようなすごいパワーを体で覚えている。何か大きい力に突き動かされている感覚。どこかで誰かが絶対に助けてくれるという安心感や、未来を信じ続けられるための自信は、その時の体験が自分にくれたものだ。今の自分のもととなるすべてが培われた旅となった。

人は運を手繰り寄せる。

その彼と出会った会社も14年間務めた後に、退職した。何も決まっていない人生に向けて、かつてのクロアチアでの私みたいに、一歩前に進み出た。気がつけば彼が住んでいたまちロンドンに移り住み、永住権も取った。彼は、昔からフランスでの生活に憧れを抱いていて、結婚し、家族とともに移ロンドンを後にした。

人は何かに突き動かされて前に進む。

そして人は誰かのためにしか生きられない。

旅は自分のためにする。そのままの自分でいながら、世界との新しい関わり方を発見するために。そしてその途中で大切な誰かに気づくし、その人たちにどんな恵みを残していけるか考えるのが楽しいんだ。旅はその実力探しのための、運だめし。そう、旅はきっと長い人生本編の予行練習なんだ。

不安になったら、クロアチアの深く青い海を思い出す。そして委ねることの解放感を思い起こすために。

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