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レティシア書房店長日誌

赤染晶子「じゃむパンの日」

 「乙女の密告」で芥川賞を受賞し、2017年に43歳でこの世を去った京都出身の赤染晶子のエッセイ「じゃむパンの日」(新刊1980円)を読みました。お客様からの問い合わせが多かったのですが、やっとブログに上げることができました。

 ムフフと笑えるエッセイです。
「編み物が趣味だ。わたしのこれまでの作品を紹介しよう。マフラーを三十三センチ、セーターの後ろ見ごろ一枚。お布団で寝たまま部屋の電気が消せるようにつけた紐一メートル。これを十一本。これがわたしの編み物の実力だ。今年、わたしは手袋を編んだ。編んではほどき、ほどいては編む。肩がこる。指が痛い。背中が痛い。鼻血も出る。全身に堪える。まるで編み物はウィンタースポーツだ。」やっと編めた右手。そして、次は手袋の左手に挑戦?同じように編みましょうと書かれている通りにしたら、何度も同じことになる。そして新記録を樹立する。「手袋の右手、四つ」だ。
 ユーモアとウイットに富んだ文章が楽しい。さらにここに地元京都弁が絡んでくると、抱腹絶倒。田舎で盆踊りした時のこと、「おい!同じあほなら、踊るあほにならんかい!」と踊りの輪の中からある老人に言われた著者は、師匠(と呼ぶことになった)が教える炭坑節を見よう見まねで踊る。師匠のボルテージは上がり、何度も何度もぐるぐる踊る!
「『ひえー!』 突然、師匠が悲鳴を上げる。足を抱えている。『あ、足をつってしもた…….』 師匠が愕然としている。とぼとぼと踊りの輪から立ち去る。わたしは師匠の後ろ姿に心を打たれる。」これは「闘魂!盆踊り!」の一部ですが、日常の暮らしの中の情景をすくい上げ、そこで生きる人たちに親近感を感じ、ハートウォーミングになってくる、そんなエッセイがぎっしりと詰まっています。
 京都の小さい商店街にある昔馴染みの小さな本屋さん。ここで自分の著書「乙女の密告」を注文します。小さな本屋さんは、配本がなく入荷が遅れていました。店主は鼻息も荒く版元の新潮社に電話をして「『まだですかいな!書いてはる人がほしい言うてはりますのや!』」。そして客である著者に向かって「『新潮社にばあんと言うたりましたわ』」なんか、この店主さんに愛着感じますよね。
 そして、中でも私がいちばん好きなのは、こんな文章です。
「小説の舞台は必ず京都にしている。わたしは京都で生まれ育った。学生時代、北海道に住んだ。北海道とはわたしにとって『光』だった。 北海道の夏は眩しい。風鈴がすごい。地下鉄の列車内には吊革と同じようにずらりと風鈴がつるしてあった。その光景だけでも圧巻である。列車内に冷房はない。夏は列車の窓が全開である。列車が走り出すと、いっせいに『ちりん!ちりん!ちりん!』と割れんばかりの勢いで風鈴が鳴る。それはもうけたたましい。窓からは爽快な風がびゅんびゅん入ってくる。北海道の夏はからりと明るい。とても元気だ。わたしは実家の風鈴が恋しかった。軒先にぽつんと吊るされて、めったに吹かない風にようやく『ちりん……』と鳴る。夏の京都の家は昼間でも暗い。その闇の中で、風鈴の音はまるで全ての救いだった。」
 京都の町が、風鈴の音が、北海道の夏の風が、心に迫ってきます。

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