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今週の全米アルバムチャート事情 #199- 2023/9/2付

先週は大谷翔平選手の右肘靱帯損傷と今シーズンのピッチングはなし、というショッキングなニュースが走りましたが、その後の大谷選手のバッティングの様子を見る限り、打撃の方はタイトル獲得に向けては充分期待できる状況のようで一安心。あとはポストシーズン進出の可能性の高いオリオールズ藤浪投手や、ツインズ前田投手、そしてカブス鈴木選手の活躍を楽しみに9月のMLBをフォローするつもりです。

"Utopia" by Travis Scott

さて今週9月2日付のBillboard 200、全米アルバムチャートの1位ですが、今週トラヴィス・スコットの『Utopia』が思った以上に頑張ってポイントの減衰を抑えて161,000ポイント(対先週13%減、うち実売92,000枚)という比較的高ポイントを維持したおかげで、4週目の首位をキープしました。先週の50ドルのヴァイナルを期間限定で5ドルで販売する、という手法で99,000枚の実売を稼いで、チャートイン3週目で何とポイントをアップした『Utopia』ですが、今週もその大安売りの効果は続いてたみたいで、92,000枚のうちヴァイナルが89,000枚の売上を占めてたことで、今週のこのポイントになったようです。なので、先週予想していたトラヴィスの10万ポイント割り(ストリーミングポイントも今週20%減って69,000ポイントなので来週はおそらく9万ポイントくらいになりそう)は来週に延期になりそうですね。

さてもうすぐ9月に入るとそろそろ来年の第66回グラミー賞のノミネーション予想の時期ですが、このトラヴィスの『Utopia』、その内容のクオリティの高さとヒップホップだけでなく幅広い音楽性からいって、最優秀ラップアルバム部門は当然のこと、主要部門の最優秀アルバム部門のノミネートもかなり堅いのではないかと思ってます。折しも2023年はヒップホップ50周年ということで音楽業界全体が盛り上がってる中、主要部門でヒップホップをレペゼンするのは誰のどの作品か、と考えるとこの作品はグラミー・アカデミーのメンバーの間でもかなり幅広い支持を集めるのでないか、と思ってますね。ただ今度のグラミーのアルバム賞部門ノミネート候補には、SZAの『SOS』、テイラーの『Midnights』と結構な強敵が控えてるのでどうでしょうかね。第66回グラミーの対象期間は9月15日で締め切られて、ノミネーション発表は11月10日の予定ですので、来月後半あたりには昨年もやったグラミー賞ノミネート予想をここnote.comの別記事でやりたいと思いますので楽しみにしていて下さい

"Unreal Unearth" by Hozier

3位に初登場してきたのは、アイルランドのシンガーソングライター、ホージャーの3作目『Unreal Unearth』。デビューアルバム『Hozier』(2014)が2位、前作『Wasteland, Baby!』(2019)が1位、そして今回が3位と、どっちかというと地味な印象のあるシンガーですが、毎回必ず上位にチャートインしてくる、実力と人気両方を持ったアーティスト。UKでは今週アルバムチャート初登場で初の1位を決めています。

アイルランドというと、古くはヴァン・モリソンギルバート・オサリヴァン、我々の世代だとU2や先日亡くなったシネイド・オコナークランベリーズ(ボーカルのドロシーも故人ですね)、最近だと先日フジロックでも初来日ライブを見せてくれたダーモット・ケネディなど、叙情性とピンと一本通った雰囲気を持ったアーティストが多いわけですが、このホージャーもまた然り。コロナ禍期間中に読み始めたダンテの『神曲 地獄篇』(こういう本を読むあたり、独得ですなあ)にヒントを得てこのアルバムの曲を作ったとのことで、彼曰く「いろんなタイプの曲で構成されている」と。確かに清冽なピアノバラード「De Selby (Part 1)」からメロウファンク的な「De Selby (Part 2)」で始まるこのアルバム、彼本来のややダーク目のロックバラードからゴスペル的にもりあがる「All Things End」、あのブランディ・カーライルをフィーチャーしたU2っぽいロック・ナンバー「Damage Gets Done」、アダルトオルタナティヴ・チャート現在1位の「Eat Your Young」などなど確かに様々なスタイルの曲満載でかなり聴き応えがありますね。

"Jack In The Box" by j-hope

今週のトップ10内初登場はこのホージャーのみですが、もう1枚注目盤が。先週も予想のところで触れましたが、昨年7月リリース時は17位止まりだった、BTSj-ホープのソロアルバム『Jack In The Box』が今回初めてフィジカル(CD)リリースとボートラ追加で、今週6位に再登場しています(50,000ポイント、うち実売47,000枚)。Kポップの常で、CDは4種類のコレクティブル・エディションが用意されてて、そのうち2つはウォルマートターゲット限定とのこと。アーミーが群がったこと間違いなしですな。

今回のj-ホープのトップ10入りで、BTSのメンバーで全米トップ10アルバムをマークしたのは通算4人目になります(今週のビルボードの記事は3人、と言ってますが一人忘れてますな)。昨年12月31日付チャートでやはりフィジカルリリースで3位に再登場したRMの『Indigo』、今年4月8日付チャートで2位初登場のジミン『Face』、同じく5月6日付チャートで2位初登場のAgust Dことシュガ、そして今回のj-ホープの4人ですね。グループで全米アルバムトップ10、メンバーも4人以上全米アルバムトップ10、ということになると、ビートルズワン・ダイレクションくらいしか思いつかないけど他にもないか、調べておきます。

"Santiago" by Russ

今週のトップ10内は初登場1枚でしたが、圏外11位から100位はいつになくにぎやかで何と9枚の新譜が初チャートイン。これ、この記事を始めてから多分最多だと思います。枚数多いので、今週はちょっと短めに走りますけど悪しからず。まず12位初登場は先週トップ10入りありか?と言ってたニュージャージー出身アトランタ育ちの白人ラッパー、ラスの16作目になる『Santiago』。14作目『Shake The Snow Globe』(2020年4位)、13作目『Zoo』(2018年4位)とメジャーのコロンビアからリリースしたアルバムはトップ10に立て続けに送り込んでたんですが、インディリリースした前作『Chomp 2』(2021)はチャートインせず、今回も惜しくもトップ10逃してます。

でもこのアルバム、なかなかいいですよ。オープニングの「See You Soon」からの3曲はよくあるチル系ドリーミーヒップホップかと思わせて(それもなかなかですが)、「No More」ではラスも歌メインで2000年代R&Bっぽく迫っておっと思わせ、さらに次の「Empty」ではその路線を更に進めてドゥルー・ヒルを彷彿とさせるグルーヴを展開。かと思うと「Enough」ではガチでナズを思わせるようなタイトなフロウで見事なラップを聴かせるラス。一方アルバム後半ではビビ・ブーレリーなる、ジェネ・アイコっぽい女性シンガーをフィーチャーされた3曲「Oasis」「Distracted」「Tunnel Vision」がなかなか素晴らしい出来なんですよ。ラスのいろんなスタイルと楽曲パターンが楽しいこのアルバム、ジャケはひどいですが(笑)ヒップホップ・コンテンポラリーR&Bファン、必聴です

"Zone (The 1st Mini Album) (EP)" by Jihyo

続いて14位にはj-ホープがやるならわたしもよ!とばかりにTWICEのリーダー、ジヒョの初ソロEP『Zone』が初登場。いやいやKポップ・パワー、ここに来て有力グループのソロ作がガンガンに登場する第2段階に入ってきた感じですね。

7曲入りのこのEP、冒頭のR&Bダンス・ポップ「Killin’ Me Good」以外はすべてジヒョ自身が作詞か作曲(または両方)に絡んでいて、彼女の歌唱はもちろん、作曲の才能も含めたショーケース作品になってます。2020年の全米ナンバーワンヒット「Mood」でブレイクした24kゴールデンをフィーチャーした、こちらもやはりダンス・ポップの「Talkin’ Baout It」、成熟した感じのR&Bミディアムナンバーをレガトンのリズムに乗せた「Closer」、そしてアコギをバックにして、同じ韓国の女性シンガーソングライター、ヘイズとデュエットするエモーショナルなバラード「Don’t Wanna Go Back」など、実力を充分に発揮した「おとなのR&Bアルバム」になってます。これはファンは飛びつきますね。

"Rocket Power" by Quavo

18位に初登場したのは、クエイヴォのセカンド・ソロ・アルバム『Rocket Power』。昨年11月にミーゴスの相棒で甥っ子のテイクオフが突然亡くなってから最初の作品になります。収録中2曲、「Patty Cake」と「Back Where It Begins」には亡きテイクオフがフィーチャーされているので、彼の亡くなるわずか1ヶ月前の昨年10月にリリースされた二人のコラボ作『Only Built For Infinity Links』(7位)のセッション時にレコーディングされたトラックを中心に、クエイヴォテイクオフのことを思いながら作っただろうことがよく判ります。クエイヴォ自身も「このアルバム制作はある意味セラピーだった」と言ってますし。

何でも「ロケット」というのはテイクオフのニックネームだったようで(まあ離陸するロケットってことですか)、アルバムタイトルは、このアルバムを通して悲しみを前向きな行動に変えていくために、今は亡きテイクオフのパワーをもらう、という意味なのかもしれません。楽曲もプロダクションもガッツリと作り込まれている、重厚な感じの作品です。

"ISTJ: The 3rd Dream" by NCT Dream

そしてKポップは止まらない!ということで今週3組目のKポップ・アクトの初登場、28位にはNCT軍団の3つめのサブユニット、7人組ボーイズ・バンドのNCTドリームの3作目『ISTJ: The 3rd Album』が飛び込んできました。昨年4月にセカンド・アルバム『Glitch Mode』が50位に初全米チャートインしたのに続くチャートインです。

前作ではKポップお馴染みのヒップホップに寄せたダンス・ポップ路線だったんですが、今回は完全にメインストリームなR&Bダンス・ポップ・スタイルになってますね。冒頭のタイトルナンバーを含めて、どの曲もなかなかキャッチーです。ところでj-ホープのアルバムが再登場でなくて初登場だったら、2009年にBoAの『BoA』(127位)がKポップ・アクトとして初めてチャートインして以来、100位内に初登場が3作チャートインする、という史上初の記録達成だったんですが。さっきのジヒョのところでもコメントしましたが、やはりKポップ・パワーの第2段階に入ってきていることは間違いなさそうです。

"Greatest Hits" by Aerosmith

36位には、エアロスミスのベスト盤『Greatest Hits』が初登場。キャリアの長い彼らのベスト盤は過去に何回もリリースされてるんですが(チャート上最大のヒットは2002年リリースの『O, Yeah! Ultimate Aerosmith Hits』の4位)、今回は決定版の名にふさわしく、1976年のブレイクアウト・ヒット「Dream On」(6位)から最後のHot 100ヒット、2001年の「Jaded」(7位)まで彼らのヒット曲はほぼすべて網羅されてる全44曲(ヴァイナルだと4枚組)の豪華版です。

収録されてないトップ40ヒットは、1978年映画『サージェント・ペッパーズ』サントラ盤からの「Come Together」(23位)と1989年の「Janie’s Got A Gun」(4位)、あと1988年の「Rag Doll」(17位)がライブバージョンになっているのがヒット曲コレクターには惜しいところ。ただ彼らのライブの定番「Mama Kin」や「Train Kept A Rollin’」、そしてジョー・ペリーの「Let The Music Do The Talking」なんかはしっかり収録されてるので、エアロファンには満足できる内容でしょうね。こうして聴き返してみると、メインストリームのアメリカン・ロック・バンドとしての彼らの存在感が改めて確認できますね。

"Snow Angel" by Reneé Rapp

ちょっと下がって44位初登場は、最近ミュージカルや配信ドラマで活躍しているノース・キャロライナ州出身の女優ルネー・ラップのデビュー・アルバム『Snow Angel』。ミュージカルでは、あの『サタデイ・ナイト・ライブ』のキャスト兼ライター、ティナ・フェイの『ミーン・ガールズ』を原作としたブロードウェイ公演で主役の一人を演じたことでその名が知られた人みたいです。

クレジット見てておっと思ったのは、このアルバム全曲12曲を、この間のフジロックのレッド・マーキーで楽しいステージを見せてくれたあのアレクサンダー23が共作・プロデュースしてること。冒頭の「Talk Too Much」から、ギターロック的ハード・ポップ・ソングで、オリヴィア・ロドリゴの「Good 4 U」の共同プロデュースで名が売れたアレクサンダー23がいかにもやってる感満載ですね。と思うとミュージカル女優らしく「I Hate Boston」なんていうエモーショナルなバラードも堂々と歌いこなす一方、コケティッシュなポップ・ナンバー「Poison Poison」でも魅力全開、なかなかのポップ作品に仕上がってます。何と今週UKアルバムチャートでも初登場7位。この秋にはアレクサンダー23とジョイントで全米ツアーもやるようなので、ここから何曲かヒットが生まれるかもしれません。要注目です。

"El Toro 2" by EST Gee

そして先週トップ10来るかも、と言ってたESTジーのミックステープ『El Toro 2』は57位初登場と、かなり地味な結果になってます。3月に出したミックステープ『Mad』も25位と、昨年9月のアルバム『I Never Felt Nun』が8位を打って以降、このところ下降気味でしたがここまできたか、と。
今回もメンフィスのヨー・ゴッティのレーベルCMGからリリースしているこのミックステープ、いつものようにそのヨー・ゴッティ42ダッグといったCMG一派に、リル・ベイビーとその舎弟ライロ・ロドリゲスらをフィーチャーして、いつものダウナーでマンブルなトラップやってます。

"Pretty Little Poison" by Warren Zeiders

続いて59位初登場は、ペンシルヴァニア州ハーシー(あのチョコレート・メーカーの本社があるところですね)出身のカントリー・シンガーソングライター、ウォーレン・ザイダーズのデビュー・アルバム『Pretty Little Poison』。2021年に自作の「Ride The Lightning」というアコギ一本をバックに歌う曲がTikTokで5億回ビューを取ったということでワーナーと契約、今回のアルバム・デビューに至ったようです。

Ride The Lightning」は宅録っぽいサウンドでしたが、さすがにメジャーデビューとなったこのアルバムはサウンドもぶ厚くなってますね。アルバムタイトル曲は彼の初のHot 100ヒットとして、今週59位に急上昇中。彼のちょっとハスキーでワイルドな歌唱スタイルがなかなかいい感じのハートランド・ロック系のバラード曲です。来週にはザック・ブライアンの新作がリリースされてHot 100に彼の曲がどっと入ってくる予定ですが、変な右翼系の曲よりは、ザックとかこのウォーレンとかのようなカントリー系楽曲のヒットが増えてくれるのは歓迎ですね。

"Appaloosa Bones" by Gregory Alan Isakov

そして今週最後の100位位内の初登場アルバムは81位に入って来た、南アフリカ生まれでフィラデルフィア育ちのシンガーソングライター、グレゴリー・アラン・イサコフの通算8作目になるアルバム『Appaloosa Bones』。彼に取っては4作目のチャートインで、第62回グラミー賞の最優秀フォーク・アルバム部門にノミネートされた前作『Evening Machines』(2018年48位)に次ぐヒット・アルバムとなりました。

アパルーサ」というと、僕らの世代の洋楽ファンはジノ・ヴァネリのあの曲を思い出す人もいると思いますが、アパルーサというのは北西部アメリカで改良された乗馬用の馬。そのタイトルにふさわしく、広大な自然を想起させるようなアンビアントな感じのサウンドをバックに淡々と歌うスケールの大きいグレゴリーの作品は、フリート・フォクシーズやこの間登場したノア・カーン、一時期自分が気に入って聴いてたフォスフォレッセント、そしてスタージル・シンプソンあたりの世界観に通じるものがあります。かなり気に入りそうな感じがするので、聴き込みます!

ということで今週は100位までに計10枚の初登場という、最近では珍しい大賑わいのチャートでした。これから9月15日のグラミー賞対象期間カットオフに向けて、結構いろんな話題の新譜がリリースされると思うので、向こう数週間のアルバムチャート、なかなか面白くなりそうですね。では今週のトップ10、おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。

1 (1) (4) Utopia - Travis Scott <161,000 pt/92,000枚>
2 (2) (25) One Thing At A Time - Morgan Wallen <91,000 pt/3,894枚*>
*3 (-) (1) Unreal Unearth - Hozier <62,000 pt/39,000枚>
4 (4) (5) Barbie: The Album - Soundtrack <55,000 pt/9,944枚*>
5 (6) (44) Midnights ▲2 - Taylor Swift <53,000 pt/11,338枚*>
*6 (RE) (2) Jack In The Box - j-hope <50,000 pt/47,000枚>
7 (5) (7) Speak Now (Taylor’s Version) - Taylor Swift <48,000 pt/16,476枚*>
8 (7) (209) Lover ▲3 - Taylor Swift <46,000 pt/7,806枚*>
9 (8) (9) Génesis - Peso Pluma <45,000- pt/92枚*>
10 (10) (137) Dangerous: The Double Album ▲6 - Morgan Wallen <43,000 pt/625枚*>

トラヴィスが4週目の首位キープ、j-ホープをはじめKポップ勢が躍進した今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。最後にいつもの来週1位の予想です(チャート集計対象期間:8/25~31)が、来週はいよいよトラヴィスが10万ポイント割りそうなので、10万ポイント叩き出しそうな新譜があれば首位交代もありですが、本文でも触れたザック・ブライアン待望の新譜がどうか?というのが最大の焦点になりそうです。個人的な予想では、未だにアメリカーナ・アルバム・チャートの1位に居座り続けている『American Heartbreak』でため込んだモメンタムを一気に爆発させて10万ポイントは充分あり得ると思うので、来週はザック1位予想で行きます。ではまた来週。

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