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最近読んだ本(4)

「東京百景」又吉直樹 ヨシモトブックス
昔オダギリジョーが実話を元にしたドラマで、記憶喪失になった大学生を主演していた。その人をその人たらしめるのは記憶だよなぁ、とそれからずっと考えていて、見切り発車と自損事故だらけの再現性のない自分の人生を振り返ってみて、それでも今現在(まあ悪くないかな)と思えるのは他人と共鳴しあった瞬間が忘れられないからだろう。厄介な記憶も縁日で買った綿菓子のように、時間が経てば少しの寂しさを伴ってしぼんでいくが、全て忘れ去りたいと思ったことはない。(思い出しては悲鳴をあげてしまうが)
タイトル通り東京の百の景色と共に、東京に移り住んだ十八歳から三十二歳までの思い出が綴られている。私にとっては何一つ思い出がない街ばかりだが、そこにいる又吉や、すれ違う自分を想像する時、季節の匂いが蘇り、街の匂いがするようだ。切り取られた景色が、シャッターを押して一枚の写真に収まり、嘘や空想もない混ぜにした話を、側で聞きながらアルバムを見ていくような一冊。
奇天烈な出会いも突拍子もない行動も、決して削られない岩のような一貫した視点が伝わってくる。
かつての恋人との一遍は指先までつんとするような痛みが、胸のあたりから波紋のようにひろがった。もう会わない人への手紙は、後悔や懺悔や感謝の方が愛を伝えるより容易くなってしまったほど流れた月日を語っていて、苦しい。一体、何度夕暮れをつかまえに行ってその人をおもい、叶わぬ恩返しを考えたんだろうか。
きっと世界中の色んな場所で、誰かが誰かをおもいながら、優しい記憶を辿って何気ない風景を見つめている。

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ 
ハヤカワepi文庫

子供の頃から骨髄バンクに登録したいと考えていて、実行出来ずにいた。何も世の中の役に立っていない、歯車にもなれない、主張するほどの信念もない自分のことをずっと恥じていて、せめて健康な身体だけで出来ることを、と社会人になってからは何度か献血に行ったりした。(不特定多数との性的接触に引っかかってない頃です)でもそれを使命と感じたことはなく、何となく社会貢献したい、くらいの軽い気持ちだ。
大学の講義でふれた気がするのだが、まるっと忘れていた。読み始めて数ページ、全然面白味がわからなくてしんどかったが、あるところから急に面白くなり、夢中で読んだ。術前術後はこの本と共に過ごした。
多くの謎が残されたままであるし、淡々と語られる思い出話には劇的な盛り上がりなどもないが、対して景色や建物などの描写が印象に残る。牧歌的な寮生活を送った学校、みんなで過ごしたコテージ、寒々しい田舎町。決められた運命の中でしか生きられない人生の中で見る、立ち入り禁止区域の森の中の沼に沈む船。
私の夫は私の肝臓を移植しなければ死を待つ選択肢しか残されていなかったので迷わず提供したし、それこそ使命だと思ったのだが、私も夫も、親族も様々な葛藤を抱くことになった。病気を受け入れて死を待つこと、命を繋いでこの世を去った人を待つこと、生きた人間から臓器を一部もらうこと。医学の進歩と倫理観。
何故生まれてきたのか、自分は何者なのか、どうやって生きていくのか、そして選べない命の終わり。並べると人間の普遍的なテーマだが、柔らかな語り口調の後ろで常に不穏な空気を纏ってそれらがついてきて、問いかけてきているようでもある。
静寂の中で唯一、トミーの癇癪と叫び声、古いカセットテープの音源が聴こえてくる。
術後、麻酔や痛み止めで朦朧としている間、彼等と探し物を見つける旅に出る夢を見たが、私だけが何を探しているかわからず、セピア色の彼等の思い出に付き添っていた。

「いまだ、おしまいの地」こだま 太田出版
おしまいの地三部作の二作目。どうやら一部と三部だけ買っていたようで、真ん中を最後に読んだ。
私は子どもの頃から祖母と母親に「あんだの神経たかり誰に似たんだかねぇ」と言われていたので、“神経たかり”という懐かしすぎる言葉が出てきて声を出して笑ってしまった。病室で読んでいたら、私も本めっちゃ好きなんですけど何読んでるんですか、と土屋太鳳似の看護師に聞かれ、こだまさんをおすすめしたのだが“夫のちんぽが入らない”が検索にヒットしたらしく、びっくりしましたあ、と後日笑いながら言われた。よく私の担当になってくれていたので、他の看護師さんにはなかなか頼みづらいんですけど、土屋さん(仮)には言いやすくて・・・ありがとうございます、とあれやこれやを棚やカバンから取ってもらった時に伝えたら涙ぐんで「嬉しいです、何でも言ってください」と返ってきたので私も少し涙目になってしまった。こんな感受性の強さで看護師なんてやってられるのかな、めちゃくちゃ辛い仕事ではないだろうか、と余計なことを考えた。彼女が刺した点滴の箇所は内出血を起こして、今も青く残っているが、腕を見る度に治らなくていいのにな、という気持ちになる。
病室でふと思い出し、ブックマークしていたこだまさんのブログ「塩で揉む」を久しぶりに開いて読んだ。数年前に彼女の入院日記を読んでいたからだ。最新の記事は行く先々で珍事に巻き込まれて、それをファンも楽しんでいる様子が書かれていた。全然本の感想書いてないや。とにかく面白い、大好きです。
おしまいの地から始まることに目が離せない。

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