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松本宣郎『初期キリスト教の世界』読んだ

松本宣郎氏はキリスト教史、とくにローマ帝国における迫害を専門とする歴史家であり、また自身もクリスチャンである。

松本氏ならびにその業界における研究成果をわかりやすくまとめたのがこの本である。

初期キリスト教の影響については大きく2つに意見が分かれる。
キリスト教徒は周囲と似たような世界観をもっておりそれほど地中海世界に影響を与えたわけではない、という意見。
もうひとつは、キリスト教徒は深いところで西洋を変えたという意見である。

前者に関して、キリスト教徒とてローマ帝国で生活しているわけだから、突出した価値観、行動をとるわけにはいかなかったのは想像に難くない。福音書のイエスの言葉に反して、初期キリスト教は冨や富者に門戸を閉ざしていたわけではない。また富めるものが喜捨するのは当時として一般的な価値観であった。
女性をはじめとする身分の低い人達と親和的であったと思われるが、奴隷については当時の通念とさほど変わらない扱いをしていたようだ。また奴隷制を積極的に廃止しようとはしなかったし、コンスタンティヌス大帝はキリスト教を容認し死に際に洗礼を受けたとされるが、むしろ奴隷制を強化している。
2,3世紀は都市が衰退したとされるが、これも言われているほどではないし、キリスト教の隠遁スタイルがそれを促したという証拠もない。

だが、最終的に支配的な宗教となったキリスト教が、ほぼ影響をもたないとするのも極端すぎる。
性的な乱れを忌避するのはローマ帝国のエリートに一般的ではあったが、キリスト教の禁欲、離婚再婚の禁止は、それよりもさらに厳しいものであった。禁欲できるものは司祭として出世し、隠棲修道士はスターであった。
知的労働が称揚されたギリシャ・ローマ的な労働観とは異なり、汗を流す労働に価値を置いた。
もちろん職業に貴賎はないのが新約聖書の世界観であるが、教団が大きくなる3世紀くらいから、芸能、剣闘士、売春婦、売春業者、男色家などは明確に禁じられる。しかしこれもまたローマ帝国のインテリの価値観と変わるわけではない。彼らは様々な娯楽を庶民に提供したが、それらを軽蔑してもいた。


そもそもキリスト教徒の数はとても少なく、それに見合った影響力しかなったと思われる。紀元40年ころで1000人くらいと推定されており、そこから2世紀かけてねずみ算式に増えていった。それでもミラノ勅令のころでせいぜい600万人くらい。

それだけ少なかったので、3世紀初めまで国家的な迫害は一度としてなかった。ローマ帝国は寛容であったし、異教徒などいくらでもいたからいちいち弾圧していられなかったと思われる。民間レベルのリンチはそれなりにあった模様。イエス・キリストの処刑みたいに、大衆がうるさいからしゃあなしに処刑みたいなことはあったんだろうね。

ユダヤ教とは違って、民族の壁を超えてくるキリスト教は気味悪がられたかもしれない。今のカルトが嫌がられるのと同じ構図である。2世紀にはそういう民衆の間での迫害が起こり始める。

3世紀は混乱の時代であり、帝国の搾取は強まる、つまりキリスト教に癒やしを見出す民衆が増えるようになったかもしれない。

3世紀なかばから大迫害の時代に。この時代はまだ皇帝がどの神を選ぶかが影響を持った。キリスト教以外が選ばれて、これを拒否したキリスト教徒は迫害されることになる。ただしこれは他の宗教でも同じこと。
ウァレリアヌスの時代は短期的に大規模な迫害があったが、息子のガリエヌスは没収した財産を教会に返還。ガリエヌス以降、民間での迫害もほとんど無くなる。

4世紀に入りディオクレティアヌスによる最後の大迫害が行われたが、これもわりと短期で終了し、コンスタンティヌス大帝登場、ミラノ勅令となった。
この時期にはキリスト教はかなり浸透していた。とはいえコンスタンティヌスがキリスト教徒であったことにより高位の官職への道が開かれたのは間違いなさそう。

ここまで来ると皇帝とキリスト教団はお互いに利用し合う関係になる。あるいは帝国外のキリスト教徒を保護する権利を持つという発想も出てくる。また貿易しようと宣教師を派遣したりすることもあった。


こうした歴史的展開の中で注目すべきは、伝統的教養の持ち主たちからキリスト教への改宗者が出現したこと。クレメンス、オリゲネスなど、新プラトン主義の流れにあったものの影響は大きい。
アンモニウス・サッカスは両親がキリスト教徒であったが本人はキリスト教を離れたとされる。
アンモニウス・サッカスの教えをうけたプロチヌスは新プラトン主義者であり、プロフュリオスはプロチヌスに学んだ。
エフェソスのマクシムスやイアムブリコスらも新プラトン主義者であり、ユリアヌスを教えた。

ネオプラトニズムはキリスト教にかなり早い時期から影響を与えていたということであり、そりゃ三位一体論争のようなことが起こるわけだと得心したのであった。

教団の増大にあわせて、支配階層の教養や理屈をとりこんでいったとしても不思議ではないよね。

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