つばきファクトリー『表面張力』の歌詞で思い出す、決壊しそうだった私
ふぅ…よっこいしょういち…
どもども。某田中です。
ということで。今日は、つばきファクトリーの『表面張力』の歌詞を読んだ私の独り言にお付き合い下さい。内容は無に等しいです。
※公式動画及び歌詞はこちら。MVが無いのが悔やまれるほどの名曲ですな。
〜はじめに〜
まず、なぜこの曲について記事を書きたくなったか経緯をお伝えしておきます。
ある日、友人宅で飲み会をしていた時のことです。ひょんな流れから私達はつばきファクトリーの楽曲を改めて聴いてみようという流れになり、この曲があーだこーだと色々改めて聴いていました。
そこで、表題のあの曲が流れてきたんです…
友人お気に入りの楽曲だそうで、選曲した友人は楽しそうに聴いておりました。そんな人の隣で酩酊した私の口から咄嗟に出た言葉は
「この曲聴いてると、苦しいんだよ」
自分でも一瞬訳がわかりませんでした。
そもそも当時、表面張力を聴いた回数は本当に僅かで、改めて何か思いを馳せたつもりはなかったのに。でもあの特徴的なイントロが流れて、歌詞が流れ始めると私は咄嗟にこの言葉を吐いていたのです。
酒は人間が社会生活で抑制している何かを解放させる、みたいな事が言われたりしますよね。良くも悪くも。私は無自覚に抑制していた「『表面張力』の歌詞を聞くと苦しい気持ちになる私」をその時、解放したのかもしれません。
では、私がなぜ『表面張力』に苦しめられてしまうのか。理由はハッキリしています。過去の私がまさに決壊しそうな日々を送っていたからです。あの日々がフラッシュバックしてしまったからです。
そこで本記事では、シラフの脳味噌で改めて歌詞を読みながら過去の決壊しそうだった私について振り返っていきたいと思います。
何か事象を取り上げる事はせずにただ気持ちの変化についての話を書き殴ります。かなり、読みにくいと思います。許しておくんなまし←
________________________________
※ここから歌詞を読み始めますが、全て『表面張力』の歌詞を読んだわたくし某田中の昔話であり、この歌詞の主人公がそう感じていると思ってるわけではありません。あくまで1人のおっさんの戯言に過ぎませんので、ご了承ください。
1.気疲れに満たされたい私
決壊しそうなんて…あの頃のわたしは絶対に言えなかったんです。
無理してるつもりはないのに、気づいたらなんかいつも無理してる気がして。どこからが無理なのかが自分でも分からないんです本当に。
コミュニケーションは取れと言われればそれなりにこなせるけど、それ故に「人付き合いを卒なくこなせる人」に任命されると後々凄く疲れるし。一回コミュニケーションに成功してしまうと、二回目は成功を「急かさないで」って気持ちにもなる。うんうん分かる分かるよ。誰も急かしてないし強要もしてないのにね。自分で自分を許せなくなるんだよね、きっと。でも成功しときたいんだよなぁ。目立ちたいし。
はぁ、疲れる疲れる疲れる…
みたいな感じで。気疲れに満たされていくわけです。そんな自分に少し浸っているわけです。色んな脳内感情をフル制御して社会に擬態している完璧な私にもう1人の私が満足しているんです。気疲れで脳味噌がパンパンになる「満たされていく」を感じながら本当に「満たされていく」自分も、確かにそこにいるんです。
キモすぎんなおい…
そうそう、振り回され「ちゃって」、「無駄に」忙しいんですよね本当に。あの頃なんであんなに生き急いでいたのでしょうか。エネルギーが有り余っていたから?きっと生きるのが不安で仕方なかったんでしょうね。だからジッと堪えて気丈に振る舞って、キラキラした日常を手に入れてみたくて。
でもなんかうまくいかなくて。
なんやかんやで、あれ?あれ?
俺は、違うんだぞ。大丈夫俺ならできる。
そう思って生きてたけど。
あれ?あの街と、つまんない話をしていたはずのあいつが眩しいな。
なんで?俺よりくすんでいたはずなのに。
なんだよ、ずりーなおい。
…やめて…今慰めの言葉とか要らないから!
そんなオーラで俺に話しかけないで!
グラつくと、壊れちゃうから!!!!
2.逃げ惑う私
………逃げてきました。
あの眩しさから離れた喧騒の中に。
一息つけない程の人混みにいると、なんだか社会に対して自分が機能してない感じがして、気持ちはおセンチになるもんです。でも「常習犯」。いつもこれを繰り返していました。
悦に浸るためにわざと喧騒に紛れ込むんです。自分と向き合う必要がなくなるから。
社会は、沢山の人や物に溢れています。色んな人や物に目をつけて攻撃したり批判している間に時間を浪費できます。便利な物です。そうして道端にある諸々に唾を吐き終えた私は再びちょっとおセンチになって「他の人とは少し違うはずの私」に浸るんです。やめられないんですこれが。
そうして、社会にうまく擬態してる自分に、悦を感じずには生きていけない体になってしまったんです。自分の足で歩けてないくせにね。でもね、それだけ唾を吐き散らかすくせにね、褒められるとちゃんと嬉しいんですよ。で、褒められる為にまた頑張る。快楽に依存しているのです。しょうもない。誠に、しょうもない。今でもその感覚が怖くなる時があります。
で、そんな時また眩しいんです、あの街が。ひどく、まぶしいんです。
自信に満たされてるんですよあいつら。
でも自信って何?
わからんな…嗚呼チキショー
色んな事が頭の中をグルグルします。
あの人のことやアイツの事や昨日自分の目の前を通り過ぎた野良猫のことやら地球の未来とか悲惨な過去とか、今拾わなくて良いよって情報を全て自分の脳みそは傍受し思考してしまうのです。心はそれを受け入れていなくても、視力と脳味噌がそれを受け入れ続けるんです。ダムは今考え抜かなきゃいけないことで今にも溢れそう。自分らしさなんてこの世に本当にあるのだろうか?もうどうにかなりそうだ…
プシュッ…カンパァーーイ
3.気丈な私
酩酊する日々が始まります。来る日も来る日も。何かに駆り立てられるように。誰かに認められるために。私のこの先の人生は一体どうなるのか?ふとした瞬間に孤独と虚無を感じるのです。グルグルグルグル答えなぞ出るはずはない。自分らしさとはなんだろう。
そしてもう一杯もう一杯…その場で私にスポットライトが当たるならば私はそれを止める事ができませんでした。それに依存していました。考える事が好きなせいか、この頃の私の脳味噌には変な持久力がついてしまっていました。
私は考えることをやめられないまま、考えることをやめるために日々を過ごしていました。
なんか違うんだけどなんかまぁこれが楽しいからこれでいっか、って。嗚呼恐ろしや…
そうやって少しずつ疲弊していった私は、いつの間にか気丈に振る舞う事が当たり前になっていました。「何事にも動じない奴」というレッテルは他人が簡単に貼り付けてくれます。まぁ自分が好きで選択していたわけですが。ムカッとすることもイラっとする事にももうだいぶ慣れっこでした。気の済むまで、気の向くままにそれは発生して私を支配していました。時々そんな自分に嫌気がさして、爆発していました。全部酒のせいにして…
ただ、悪いことばかりではありません。気丈に生きているフリができたおかげか、大切な友人にも出会う事ができました。人生にとって大切な物の考え方を沢山学びました。気丈なフリをしていた私も、少しだけ本当に気丈になれていました。ありがとう。
4.強くない私
空っぽでいい?自分らしく生きよう?
自分って強いの?弱いの?
確かめたい事が沢山できました。
今にも溢れ出しそうな心のコップを抱えて、私は故郷を離れる事にしました。
「私」とは何かをハッキリさせるために
…
故郷を離れて辿り着いた街で、妻に出会い私の世界は一変しました。今までよりも世界は鮮明に、私の脳味噌はよりクリアに、日々を過ごすことができるようになりました。そんな妻に教わったハロープロジェクトのある楽曲が、私に過去の膿を思い出させてきたわけです。でも大丈夫。もうあの頃の私ではありません。大丈夫。今までと違う根拠があります。それできっとだいたいのことが大丈夫になりそうです。
きっとあの頃の私より今の私の方が「強くない」でしょう。生命が放つ輝きは衰えているやもしれません。あの頃の私が欲しかった答えは手に入れられていません。というより私は私の事がより分からなくなりました。
でも「強くない私」を迎え入れた「私」は多分、人生史上最強です。なんとなく、生きていける気がしています。なんとなくで、いいと思います。それを許してくれる人が味方であるならば。
これが持ちつ持たれつフラフラと生きてきた「強くない私の生き方」で、問題なさそうです。
〜おわりに〜
お付き合い頂きありがとうございました。
改めて、表面張力は私の心を抉り出す魔曲であると思い知らされました(笑)
そして言語化して文にしたためてみると、「なんだこんなものか」と少し心が軽くなった気がしています。あの日友人が表面張力を流したあの時は計り知れない恐怖に恐れ慄いていましたので…
これからもこの膿の事は頭の隅で思い出すことでしょうが、この記事を書いたおかげでもう少しまっすぐ音楽を楽しめそうな気がしています。
以上。おしまい!解散!
それでは
ばいばいるか
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?