温かい社会(意外と)

裁判の傍聴に行ってきた。知り合いのスーさんが窃盗で捕まったからね。スーさんは引越作業員で、仕事中に、お客さんの腕時計を盗んだ。質屋で足が付き、お縄となった。
腰縄と手錠で拘束され、法廷に姿を現したスーさんは、190センチの長身で、引越作業員として優秀だった。まわりからの信頼も有り、スーさんをスカウトしたシバやんは重宝してたんだけどね。
シバやんは引越業を営んでいて、仲間と共に仕事をこなしている。僕とは鼻垂れの頃からの腐れ縁で、もはや肉親に近い。
スーさんとも何度か呑んだ。口下手だけど、笑顔が人懐っこくて、僕は好きだったな。
「あなたは前科四犯で、窃盗の常習犯です。二度と窃盗は行いません、と前回もそう言ったんですよね。今後、くり返さないとどうして言い切れるのですか?」
眼鏡をかけた、30才くらいの男性検察官が、スーさんに詰問した。
「柴田さんに出所後もサポートしてもらい、お金の管理は親に任せます」
間をあけて、トツトツとスーさんが答えた。
そんなことより、女性弁護士は若くて可愛いらしい。20代だね。証人のシバやんと、しっかり打ち合わせしてたね。
「アホなやっちゃな。目先の腕時計で信頼も自由も全部失くしてしもて」 
シバやんから、裁判前に話は聴いていた。
裁判官も眼鏡をかけた男性で45才前後。
「あなたは被告人についてどう思われますか?今後どのように接していかれますか?」
裁判官はシバやんを凝視しながら尋ねた。一部のスキも見逃さないという眼光。
「とても残念に思いました。今後は、改心してもらって、また一緒に仕事をやっていきたいと思います」
シバやんもトツトツと、半泣きで答えた。
昔から、番長やったけど涙腺緩いからな。
「被告人の卑劣で悪質極まりない犯行は酌量の余地は無いと考え、懲役五年を求刑します」
人の良さそうな若手検察官はビシッと言ってのけた……次回判決。
裁判所の隣の日比谷公園は昼時で、会社務めの人達で賑わってる。シバやんに尋ねた。
「そういや、こうちゃん覚えとる?」
「覚えとるよ。小三くらいまでかな。よう遊んだな。泥棒やったけど」
「そうよ。俺、貯金箱盗まれたもんな。それでもすぐ、何事もなく遊んでたけどな」
「ほんでも泥棒せんようになってたよな?」
「そら、シバやん『やるな』言うてどついてたからな」
裁判所じゃ、ひっきりなしに裁判が行われ、様々な人達の人生を左右してんだろな。日比谷公園は温かい。社会も意外に温かいのかも。

 







 



 

 

 







 

 

 



 

 

 

 

 

 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?