犯人(ショートショート)

 朝、TVを見ていたら、女の人がホテルで首を絞められ殺されたというニュースをやっていた。渡辺つぐみさん(26)という知らない女性の顔写真がTVに映った。ついでTVのアナウンサーは容疑者として、沢田たかし(42)の行方を追っている、といって容疑者の顔写真をアップで映した。
 俺だった。覚えのない話だ。第一渡辺なんとかとかいう女なぞ知らない。それに俺の行方を探すも何も、ずっと昨晩は自宅にいて酒を飲んでいた。
 一緒にTVをみていた妻は洗い物の食器を落とし、あまりのショックで言葉が出なかったようだ。それは俺も同じで、あっけにとらわれているだけであった。   
 やがて妻が正気に戻り、「どういうことなのこれは」と俺を問い詰めた。
「冤罪だ、冤罪。第一、昨夜は一緒にいたじゃないか。昨夜だけじゃなくて、その前も、その又前の日も」
 俺は必死で弁解した。妻はそういわれればそうねえ、というような顔をしながらも、「じゃあ、このTVは何なの」と再び攻勢に出た。
「しらないよ。冤罪だ。冤罪」
 そこへドアチャイムが鳴った。警察であった。
「沢田たかしさんですね。署まで同行願います」
 ドラマで見たような光景が、まさか我が身に降りかかってくるとは。
「冤罪だ、俺はずっと家にいた。妻が証明してくれる」
「身内じゃあ証明にならんのですよ」
 刑事はそういった。
 とんでもないことになった。俺は少しのスキを狙って、走って逃げだした。
「あっ、逃げたぞ、追え」
 周りに警官がたくさん囲んでいたので、あっさり俺は捕まってしまった。いつの間にかTV局もきていた。TVでは生放送で俺の逮捕劇を流しているようだ。
「勘弁してくれよ。俺はそんな女なんからんし、そんなところにもいってないんだ」
「署で聞くから黙っておれ」
 刑事は冷たく言い放った。
 俺は警察署の取調室の中で、さっきの刑事から、いろいろ質問を受けた。
「本当にしらないんですよ」「冤罪だ冤罪」「どこの女ですか、接点もなにもないでしょう」「どうして俺にそんなむごいことができますか」
 俺は散々叫び続けた。泣き続けた。
「DNA鑑定でもお前と一致しているんだ」
「そんなバカな」
「同じ人間がもう一人いない限り、お前が犯人だろう」
 そこへ別の刑事が中へ入ってきて、取り調べをしていた刑事に耳打ちした。
「なんだって」
 話を聞いた刑事は動揺しているようだった。俺はすかさず体を前のめりにした。
「お前がまた捕まったらしい。同じ人間がいたことになるな」
 俺の頭の中にパーッと花が咲いた。冤罪が晴れたのだ。そへ再び刑事が部屋に現れ、また耳打ちして去った。
「また捕まったらしい。3人目のお前だ。いったい何人お前はいるんだ」
 そんなことはしったことじゃあない。他に容疑者がいるのなら早く解放してほしいと訴えたが、そうはいかないといわれた。
「捕まったのは全部お前なんだぞ。どれが真犯人かわからない」
 そんなバカな。絶対に俺ではない。犯人は別の俺だ。俺は泣き叫んだ。
 俺たちは全員集められた。総勢3名の俺がいた。全て同じ俺だった。
 裁判になったが、誰が犯人か俺たちにもわからなかった。でも俺たちの誰かが殺したことは確かだろうという確信はあった。
 やがてそれぞれの犯行前後のアリバイを確認していくと、やがて犯人は特定され、拘禁された。残り2名は釈放されたが、某大学の研究室につれていかれた。
「まさかこんなに早くクローン人間ができるとはなあ」
 博士が嘆息した。
「どういうことです。これは」
 俺が聞いた。
「1か月前に手術をしたろう。そのとき摘出した臓器の細胞を貰って、クローン人間の培養液につけたんだ。そしたらどんどん君が生まれてねえ。大変だったよ」
 俺は唖然とした。確かに1か月前、盲腸の摘出手術をしたことは確かだが、知らぬうちにこんなことをされていようとは。夢にも思わなかった。
「どうにかしてください」
 俺は嘆願したが、どうなる訳でもなく、俺たちは同居を始めることにした。妻は家を出て行ってしまった。仕方のない事である。一緒にいたのでは頭がおかしくなるだろう。
 やがて片割れは仕事を見つけ、今では結構なかよくやっている。拘禁されている俺も刑期が終れば、一緒に住む予定だ。
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?