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銭湯(ショートショート)

 銭湯のアルバイトをすることになった。番台にのぼれるのかと、期待したが、閉店後の風呂の掃除が仕事であった。だから真夜中からの勤務である。先輩の紹介によるアルバイトなのだが、俺と銭湯経営者の爺さん2人で洗うのである。
 いろいろ掃除のやり方を教えてもらいながら、適当にいや丁寧にデッキブラシを動かせ、まずは床をゴシゴシ洗剤をつけて洗った。湯船もお湯を抜いた後、デッキブラシで磨いた。デッキブラシでは届かないスキマ等はタワシを使ったり、雑巾を使ったりした。
 湯船の中を掃除していると、どこからか声が聞こえた。どうやらすぐ近くだ。そこには爺さん一人しかいないが、別に何かを喋っている様子はない。
「声が聞こえませんか」
 俺は爺さんに聞いてみた。
「ああん。いらんことに気を取られんで作業を進めれや」
 俺は爺さんにそう言われた。だが気になる。どうやら排水溝の方から聞こえてくるようだ。俺は排水溝に近寄り、確かにここだと確信すると、排水溝の蓋を外した。すると浦島太郎の玉手箱を開けたようにモクモクと煙が立ち上り、1人の男の姿が現れた。
「私はサタン、地獄よりの使者である」
 男は突然そういった。サタンというわりには、銭湯らしく、スッポンポンである。しかも日本人の顔で、日本語を喋り、歳の頃なら70過ぎの禿げかけた年寄りである。
「あっ、おめえ、あけたな」
 銭湯の爺さんが怒った口調で俺を責めた。俺は素直に謝った。
「これから全世界を恐怖のどん底に落としてくれるぞ」
 俺はその言葉にびっくりし動揺したが、正面にいるサタンと名乗るじじいは、生まれたままの姿で、垂れた筋肉のない皮膚をぶら下げて、あまりにもセリフとミスマッチしていた姿だったので、すぐに平静に戻った。
「おめえ、排水溝に戻れ。ここに出てきちゃいけねえだろう」
 銭湯の爺さんが叫んだ。
「何を言う、私は自由になったのだ。これから全世界を恐怖の・・・」 
 いきなり銭湯の爺さんがサタンに水をぶっかけた。するとサタンは小さくなり、そのまま排水溝に消えていなくなってしまった。
「何だったんですか、あれは」
「昔から住みついとる低俗な妖怪じゃ」
「いいんですか、あれで」
「あれでいいんじゃ。もう二度と開けてはいかんぞ」
「全世界を恐怖のどん底に落とすっていってましたよ」
「あー、あれはゆーだけじゃよ。風呂屋だけにな」
ゆ(湯)ーだけ。古典的なオチですいません。

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