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Pierce Johnsonの「パワーカーブ」

2019年シーズンから阪神タイガースに加入し、オープン戦で登板した7試合すべて無失点に始まり、開幕戦から5月8日ヤクルト戦まで登板16試合連続無失点を記録しました。阪神の勝利の方程式として8回のセットアッパーを担っており、防御率1.38奪三振率13.96の驚異的な数字を残し抜群の安定感を誇りました。
その”PJ”ことジョンソン投手の大きな武器は、急速に曲がりながら落ちる「パワーカーブ」です。このパワーカーブは空振り三振率、見逃し三振率ともに20%近い数字で、カウント球にも決め球にも使える素晴らしい変化球です。

1, カーブとは

そもそもカーブとは1番古い変化球として知られている変化球で、回転をかけることでマグヌス力を働かせ、利き手と反対側に大きく曲がりながら落ちていく変化球です。回転軸はサイドスピンとトップスピンの中間の球で、トップスピンの割合が多くて縦に落ちるカーブの方が一般的です。基本的には球速が遅いうえに山なりの弧を描くことで緩急をつけて打者のタイミングを外すボールとして使われてきました。
しかしこのカーブは古い変化球であることから「カーブ打ち」などの対策もかなりされてきており、現在主に使われている変化球とは言えないかもしれません。しかし野球の歴史とともにここから派生した変化球は多く、もっとも進化した変化球だと考えることはできるかもしれません。

このカーブですが球速や球質の面から「スローカーブ」と「パワーカーブ」の大きく2つ分けることができます(もちろん中間の「カーブ」という分類を作ってもいいのですが…)。
球速が比較的遅く投げるときに”抜く”イメージの強い「スローカーブ」は置いておいて、今回はより速くトップスピン回転がしっかりかけるタイプの「パワーカーブ」を取り上げます。

パワーカーブは「ハードカーブ」や「スパイクカーブ」などとも呼ばれます。抜いて投げてタイミングを外すためのスローカーブとは対照的に、速い球速で回転をかけ空振りを取ることを重視したカーブです。スローカーブに対して回転がしっかりかかっていることから、スライダーと呼ぶピッチャーも少なくありません。
パワーカーブは基本的にトップスピンがしっかりとかけられたもので、回転数は高い人で3000rpm以上になることもありストレートよりも高い回転数になります。球速もストレートから-10~20km/hくらいが多く比較的速い球速帯の変化球です。通常の遅いカーブと比べて回転数だけでなく球速も出す必要があるので投げるのは比較的難しいかもしれません
パワーカーブの中にはナックルのように人差し指を立てるタイプの「ナックルカーブ」もありますが、今回は説明は省かせて頂きます。

NPBではまだ緩いカーブが持ち球の投手が多いですが、外国人投手では広島のクリス・ジョンソン投手やオリックスのブランドン・ディクソン投手、ロッテのマイク・ボルシンガーなどパワーカーブ系を得意とする投手が増えてきています。日本人投手でも五十嵐亮太投手、石川柊太投手などがパワーカーブ系を使っています。

パワーカーブは通常の(スロー)カーブと違い、高い回転数のトップスピンと球速を両立させた”タイミングを外す”よりも”空振りを奪う”ことを重視した変化球

2, PJのカーブについて

この球は元々、高校時代の投手コーチにスライダーとして教わったものだそうで、そこから握りは変えずに「腕の角度やフォームが変わったことでこのような曲がりになった」ということです。本人もこの球は「スラーブの要素が強いので、米国でもなかなか投げる投手はいないはず」と自信を持っているそう。

対戦する側の他球団のバッターたちもカーブというよりもスライダーという感じで見ているようです。
ヤクルト雄平「スラーブの速いバージョン。ソフトバンクの武田に近いけど、もう少し速くて曲がりが小さい」
巨人・坂本勇人「スライダー(高速カーブ)をケアしていても、いい直球を投げ込んでくる。タイミングを外したりすることもできる器用なピッチャー」
というような声が上がっています。

動画を改めてみていただければ、よく見る”カーブ”ではなくむしろ”スライダー”に近い感覚が分かっていただけるかと思います。

現在、ジョンソン投手はフォーシームとこのパワーカーブのほぼツーピッチで抑え込んでいます。配球割合を見れば一目瞭然です。
防御率0.64、奪三振率11.12という数字を先に挙げましたが、この圧倒的な数字からもいかにこのようなボールを投げるピッチャーが他にいないか、いかに支配的であるかが分かると思います。

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捕手の梅野選手は「球種は少ないけど、同じカーブでも、勝負なら“ワンバン”で来いとか、これはカウント球とか。ジェスチャーでお互いに1球ごとに意図を確認している」と説明しているそうです。梅野選手のサインを見てもバッテリー間で1球ごとにゾーンに入れるのか、ワンバウンドさせるときはミットで地面をたたくようなジェスチャーをするかが見て取れます。

このジョンソン投手のパワーカーブの何が凄いかというと、2章で触れました通り高い回転数と球速を両立している点です。
高い回転数と球速を両立するのは大きなエネルギーが必要なので、普通に投げて両立することは難しいでしょう。うまくリリースすることで大きなエネルギーを生み出し、回転数と球速の両立をしています。ジョンソン投手のカーブの球速は平均130km/hくらいで速球比85%くらい、回転数はメジャー時代で平均2970rpmでメジャー平均の約2500rpmを大きく超えており、NPBのトラックマンデータでも3000rpmを超えていました(OP戦のヤフオクドーム)。

もう一つ凄い点が、カーブでありながらもしっかりと「ピッチトンネル」を構成している点です。動画を見てもらえば、リリース直後からほとんどストレートの軌道で下に急激に落ちていくことが分かります。
通常のドロップ系のカーブだとトップスピンをかける際にリリースでクイッと浮き上がってしまい、ピッチトンネルを構成することは難しくなります。しかしジョンソン投手はそれを可能にしています。
またピッチトンネルを通った後でも、トップスピンがかなりかかっているので急速に落ちていき「加速しながら落ちていく」ので、とらえることは容易ではないと思います。
逆にこのパワーカーブは先ほど述べたようにゾーン内に入れるという使い方もできて、あえてピッチトンネルから外したところから急にストライクゾーンに入ってくるような「意表を突く」使い方もできます。動画を見ると、急にストライクゾーンに入ってきてバッターが手が出ずに見逃し三振という場面も見ることができます。

またコントロール・制球力の高さもあり、徹底的にゾーンの対角線(右打者ならアウトロー、左打者ならインロー)に投げ込まれていることがうかがえます。右打者からすれば鋭く逃げていくように、左打者には急速に消えるように見えるでしょう。データ上ではこのゾーンとその付近のゾーン外の部分では未だ被打率.000のようです。

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※データで楽しむプロ野球(https://baseballdata.jp/playerP/1800128_course.html)
Baseball Lab(http://www.baseball-lab.jp/player/detail/1800128

・3000rpm近い”高い回転数”と130km/h越えの平均球速を両立している
・リリースでほぼ浮き上がらないのでピッチトンネルを構成でき、奪三振を量産している
・ゾーン内に急に入れて意表を突くことで、見逃しを奪う・カウントを作る使い方もできる
・徹底的にゾーン対角線に投げ込む制球力の高さ

3, 投げ方

投げ方についてジョンソン投手は、「時計の針の1時から7時に曲がり落ちるように、縦振りで投げている」と語っています。
握りはナックルカーブのような握りではなく、通常のカーブやスライダーとほとんど同じ握りをしています(画像は工藤公康投手のカーブ)。親指と中指を中心線上の上下に置き、どちらも指の腹を縫い目上にかけています。

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リリースは手首は自然な感じで、抜いたり返したするような感じはなく「押し込む」「叩く」ようなイメージです。手首がかなり柔らかく使われています。
ボールの頂点よりもバッター側、ボールの少し前方上の方を中指と人差し指で縦に切る、叩くようなリリースをしています。SBの武田翔太投手もカーブは、中指と人差し指で切るようなリリースをしていると言っています。親指は支えくらいの役割で使っていないように見えます。
投げ終わりに手のひらが三塁側を向くようなリリースをしていることから、腕を回内・内旋することで中指を押し出していきトップスピンをかけています。ストレートのようないわゆる内旋リリースで、カットボールやスラッターと同じような投げ方です。ここが通常のカーブの抜いたリリースとの違いです。

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オリックスの山岡泰輔投手の縦スライダーも本質的にはパワーカーブに近く、リリースは非常にジョンソン投手と似ています。

・時計の針の1時から7時に曲がり落ちるように、縦振りで投げる・親指と中指をボールの中心線上の上下に置き、どちらも指の腹を縫い目上にかける
・ボールの少し前方上の方を中指と人差し指で縦に切る、叩くようなリリース

4, パワーカーブはフラレボに有効?

一時期、データ的に「パワーカーブはフライボールレボリューションに有効だ」ということでかなり話題になりました。しかし「カーブが有効」という言葉だけが一人歩きした感もあり、正しい理解はあまり広まってないようでした。
たしかに緩いカーブだと速球よりも来るタイミングが遅いので張っていればタイミングをとりやすく、また速くないのでボールとしてのエネルギーがなく飛ばしやすいボールになってしまいます。
巨人の丸佳浩選手は「カーブは遅い球。『死に球』なので、タイミングが合えば飛んでいくのかなと思います」と言っています。

それではパワーカーブはなぜフライボールレボリューション、つまりボールに対して角度をつけて一定の打球速度以上を出す打法に対してなぜ有効なのでしょうか。少なくとも3つほど理由が考えられます。

バックスピンかけて飛ばしづらい
バッティングにおいてボールを飛ばすのに重要なのは、打球速度・打球角度そしてスピン量です。スピン量というのはバックスピンがかかっている方が飛ぶということで、フォーシームのノビと同じ理屈です。バックスピンがかかった打球は、マグヌス力で上向きの力を受けられ中々落ちてこないラインドライブの打球になります。
物理的な話になりますが、「(投手側から見て)バックスピンのボールは(打者側から見て)バックスピンをかけ返しやすい」というのがあります。理屈は難しいので省きますが、これは逆に言えば「トップスピンのボールはバックスピンをかけづらい」ということです。
つまりバックスピン成分の多いフォーシームはフライになりやすく飛距離を出しやすいボールであり、トップスピンがしっかりかかっているパワーカーブは飛距離が出にくいボールになります(打球スピンの観点から)。パワーカーブを投げてフライを打たれても、ポップフライになったり、伸びる打球に反して外野のあたりで失速するフライが増えるのではないかと思います。

ゴロアウトをとりやすい
トップスピンのかかったパワーカーブは加速して急激に落ちていきます。通常の落ちる球(フォーク、スプリット、チェンジアップ、スラッター、カットボールなど)は基本的に重力で落ちる球なので、放物線(下の図でいう完全なジャイロの軌道)より下に落ちることはありません。空気抵抗によるブレーキで減速しながら落差が出ることはありますが、パワーカーブのような加速して急激に落ちることはありません。
しかしトップスピンのかかったパワーカーブはそれらの球の軌道よりも下に落ちていきます。

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結果ボールが予測よりも下の軌道にきてしまうことが多くなり、バットはボールの上を叩いてしまうことが多くなります。こうしてゴロアウトを比較的多くとることが可能になります。
またトップスピンのボールはバウンドするとき、入射角よりも浅い角度でバウンドする性質があります(摩擦力により進行方向への推進力が生まれる)。(Wikipedia「トップスピン」参照)

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上の画像を縦にイメージしてもらうとわかりやすいですが、つまりトップスピンのボールはバットにあたった後より下に反射してしまいます。よってゴロになる確率が高まります。
以上2つのことからゴロアウトをとりやすくなります。

高めのフォーシームとの相性
フライボールレボリューションに対抗するもう1つの武器として「高めのフォーシーム」があります。低めのフォーシームや小さく動くボールは角度をつけようとするアッパー気味のスイングで捉えやすいからです。
また高めのフォーシームは体感速度が速く、特に内角高めはスイングが加速しきらないことから打球速度も上げづらいコースになります。
この高めのフォーシームと相性のいい変化球がカーブです。見てもらった方が早いのですが、フォーシームとカーブで投げた直後の軌道にかなり親和性があってピッチトンネルのようになります。

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このように高めのフォーシームとの相性からも、カーブ特にパワーカーブは相乗的にフラレボに対して有効だと言えます。

またフォーシームとは回転の相性がよく、トップスピンのパワーカーブは同じくフォーシーム回転をしています。そのため打者からするとパッと見では同じ回転に見えるので判別しづらくなっています(どれだけ見えているかは不明ですが…)。

他にも理由はありますし色々と絡む要素はあると思われますが、主に➀~③のような理由でフライボールレボリューションに有効だと考えられます。

・球速の遅い緩いカーブはタイミングを合わせやすく、ホームランにもなりやすい
・トップスピンのパワーカーブは打たれても伸びるフライになりにくく、ゴロを打たせやすく、また高めのフォーシームとの相性がいい

5, まとめ

パワーカーブ全体の話が多くなってしまいましたが、ピアース・ジョンソン投手のパワーカーブがいかに有効な変化球なのかということがわかって頂けたかと思います。

ジョンソン投手のカーブは、パワーカーブを投げるピッチャーの少ないNPBでは特に有効だと思われます。
現在はフォーシームとパワーカーブのツーピッチで抑えられていますが、その内攻略もされてくるでしょう。しかしジョンソン投手はここまでほとんど投げていないカットボールやチェンジアップも練習しており、シーズン終盤に向けて温存しているとのことです。新たな武器を使いこなすPJも楽しみにしたいところです。
投げる球だけでなく、高い制球力やクイックなどを使った“間のとり方”なども上手い投手なのでそこも注目して頂けるといいかと思います。

握りの違うナックルカーブや緩いスローカーブ系もそれぞれよさがありますので、その話は次回以降ということで。

※データは「データで楽しむプロ野球(https://baseballdata.jp/playerP/1800128_4.html)」さんから

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