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アンダースローの投球の科学

今回はアンダースローの投手に注目してみたいと思います。
何回か前のnoteではアームアングルと投球についての関係を見ました。

変化球は回転数・回転軸・球速はもちろん大事ですが、投げるときの腕の角度や投げるコースも重要で、それらによって投げやすい・投げにくいが出てきたり、変化が変わってきたりするということでした。

しかしながらアームアングルの中でも「アンダースロー」というものは特に異質で、あの時には書ききれない部分も多くありました。
ということで今回は「アンダースロー」を特に取り上げ、「なぜこんなにもアンダースローは打ちにくい」とされるのかを見ていきたいと思います。

1, アンダースローの基礎知識

アンダースローは下手投げと呼ばれ、英語では体が沈み込むことやボールが浮き上がってくる様子から”submarine”と呼ぶのが一般的です。

投手の手からボールがリリースされるときに、ボールを持っている腕が水平を下回る角度にある投法のことであると定義されることが多いです。ワインドアップまたはセットポジションから急激に重心を下降させ、投球腕を水平を下回る角度にまで下げた後、腕をしならせて投げます。

アンダースローの投手としては、NPBでは山田久志投手・渡辺俊介投手・牧田和久投手・山中浩史投手・高橋礼投手・與座海人投手などが挙げられます。
世界大会などで有利だと言われるのでいないと思われがちですが、MLBにもアンダースロー投手は少数ですがいます(2019年シーズンはWikipediaによると牧田投手含めて5人)。

〇アンダースローの長所
まず挙げられるのは、「球の出所が極めて異質である」ことです。
オーバースローやスリークォーターなどの投げ下ろすフォームと異なり、アンダースローは低いリリースポイントから投げ上げるようなフォームで球が浮き上がるような軌道を描きます
人間は上から下へ落ちるものは比較的見慣れていますが(重力がありますので)、下から上に上がってくるようなものは見慣れていないものです。
またアンダースローの投手は絶対数が少ない上に、アンダースローの軌道を再現できるピッチングマシンも少ないので、打者は見慣れていない上にこれを打ち返す練習もあまりしていないということになります。
軌道はソフトボールの投球に似たものがあり、年末のテレビの企画などでプロ野球選手がソフトボールのピッチャーの球を打ちあぐねているのを見たことがある方も多いと思います。これはそういう理由からだと考えられます(体感速度などもあるとは思いますが)。
もうひとつの長所としては、アンダースローは全身を使って投げるために肘肩に疲労が集中せず比較的故障が少ない投法であることが挙げられます。

〇アンダースローの短所
まず基本的に「スピード(球速)は出しづらくなります」。しかし先述したようにアンダースローのよさがありますので、球速を出す必要性はあまりないと思われます。
また一旦沈み込む必要性のあるフォームなので、「クイックモーションがしづらい」というデメリットがあります。渡辺俊介投手や牧田投手などはフォームの無駄を極力少なくしたり、バッテリーで協力することによって克服していました。
もうひとつ「与死球が多い」ことがあり、NPBの通算与死球数上位10人のうち6人がアンダースローのようです。これはボールを上から押さえつけることが難しいことからすっぽ抜けてしまうことが多いことや、独特な軌道のためにバッターの反応が遅れてしまうことが原因としてあります。
MLBではアンダースローの投手による頭部死球での死亡事故も起きており(1920年)、MLBでアンダースローの投手が少ない原因のひとつであるかもしれません。

現在アンダースローを指導できる指導者は少なく、また指導法も未確立であるということが、アンダースローの投手が少ない大きなのひとつ原因であると思われます。(wikipedia「アンダースロー」参照)

本題に入ります…
ここからはアンダースロー投手の投げる球の特異性についてクローズアップします。
球の出所・腕の角度が通常の投法(オーバースローやスリークォーター)とは大きく異なるので、先述したように球の軌道自体も普通とは異なります。また同じ球種であっても、通常の投法とは球種ごとの球の回転が少しづつ異なってきます。

大体の目安を絵にしてみました。(青矢印が回転方向、赤矢印はマグヌス力の向き、変化方向とは少し変わります)
それぞれ細かいことは後で説明しますが、オーバースローやスリークォーターとは回転が大きく異なることが分かります。もはや違う球種と言えるものもあります。

アンダースローは上から叩くようなリリースが難しいので、バックスピンの効いたいわゆる普通のフォーシームを投げることは非常に難しいです。
また腕の動き的に下から上に振り出すので、下回転(トップスピン)のボールを投げやすくなります。

ここからそれぞれの球種について見ていきます。
主に高橋礼投手の動画も一緒に貼っておきますので、見ながら読んでいただけるとよりイメージしやすいかと思います。

2, シュートする「ストレート」

先ほど述べたように、基本的にストレートは上からたたくようなリリースができないので、バックスピン要素はほとんどありません。シュート回転することがほとんどです。

上の図を見てもらうと分かる通り、腕が斜め下に振り下ろされた後上に振り上げられます(黄色矢印の方向)。
するとほぼサイドスピンのような回転がかかり、シュート方向に曲がっていくようなストレートになります。上図で言うと赤矢印の方向にマグヌス力が働き、シュート回転しながら落ちていきます。
特に低めに集めたり右打者の内角を突くことでゴロを打たせやすくなり、また左打者の外角高めに投げることで逃げていくような軌道で空振りを奪うこともできます(動画 0:25〜)。

特にアンダースロー特有の投げ上げるような動作がありますので、浮き上がっていくような軌道を描きます。
低めであれば一旦浮き上がってから沈んでいく軌道、高めであれば浮き上がりながらシュート方向に変化するような軌道になります。
やはりこの浮き上がるような軌道というのが一つの武器になっているでしょう。牧田投手はこの浮き上がる軌道を生かして、高めのストレート特にインハイのストレートをよく使っていました。

さらなるストレートの質の向上のためには、リリース時に特に「手首を立てる」ことが重要なようです。手首を手の甲側に90度に曲げることで、リリース時に手首の前後の可動域を活かしてより力を伝えることが出来ます。球速を出しやすく、スピン量も増えやすくなります。

3, アンダースローと言えば「シンカー」

アンダースローはボールに対して下から上にこする(すくい上げる)ようなリリースができるので、シンカーやスクリューボールなどが非常に投げやすく、ほとんどのアンダースローのピッチャーが持ち球にしています。
また先ほどと同様に一旦浮き上がってから落ちていくような特有の軌道を出すことができます。

握りは大体ツーシームと同じ握りで、ボールの二本の縫い目が狭くなる部分の縫い目に人差し指と中指をかけています。重要なのが中指と薬指でボールをはさむような握りをしているところで、最終的にこの指の間から抜くようなリリースになります。
リリースはテニスや卓球のフォアハンドのトップスピンのように、前腕を回内させて人差し指と中指を順番に前に出していくようなリリースです。手首・前腕を反時計回りに回転させています(上図の黄色矢印がリリースの動きのイメージ)。その後中指と薬指の挟んだ部分からボールを抜いてリリースします。
そうすることでボールに縦回転(トップスピン)が加わり、落差を出すことができます。握りはシンカーですが、リリースはいわゆるスクリューのようです。

アンダースロー(サイドスローも似たような感じ)特有の下からこすり上げるようなリリースでボールにトップスピンを与えることで、一旦浮き上がって落ちていく特有の軌道で落差のあるシンカーを投げることができています。

ちなみに牧田投手も同じようなシンカーを使っており、中指と薬指の挟み具合を浅くしたり深くしたりすることで落差や球速を変えていたようです。

4, 抜けてくる「スライダー」

スライダーも普通の投げ方のように横に大きく曲げることは難しくなります。
アンダースロー特有のボールの下を擦り上げるようなリリースで、ボールにジャイロ回転をかけています。

他の球種同様に投げ上げるリリースで、リリース時に上方向の力がかかります。その結果、浮き上がるようなジャイロボールになりいわゆる「抜けスライダー」のような軌道になります。
横の曲がりはほとんどなく、上に投げ上げているので重力による落ちもあまりありません。”変化をしない変化球”といっても過言ではないかもしれません。

上から投げ下ろす投法でャイロ回転をかけると重力やリリース時の下方向への力で下に落ちていくので(カットボールやスラッターのように)、ほかにはない浮き上がるような軌道になります。
また空気抵抗の少ないジャイロ回転をしているので、シュート回転のストレートよりも減速せずタイミングが取りづらくなります

動画を見ていただけると打者の反応からタイミング合ってないなというのが分かっていただけるかと思います。
特に高めストレートを多く使うアンダースローにおいては、タイミングを外せる上に少し浮いて感じる高めのスライダーは有効です。
ちなみに動画最後のスライダーは横曲がりが少し大きかったりしており、リリース時の手首の角度やコースによって変化を使い分けているかもしれません。

5, 2種類のジャイロボール?

4章では抜けたスラのような軌道をするジャイロ回転のスライダーについてありましたが、このジャイロボールをうまく使っていた選手がいます。
それは渡辺俊介投手です。

ジャイロボールには回転の仕方によって2種類あって、「フォーシームジャイロ」と「ツーシームジャイロ」です。(左の画像はhttps://gigazine.net/news/20181126-explain-fastball-unexpected-twist/より)

フォーシーム回転は縫い目が4回、ツーシーム回転は縫い目が2回見えるような回転のことですが、それを横から見た時にどうなっているかがジャイロ回転のフォーシームとツーシームです。
上画像右(こちら側に向かってくるイメージ)に描いてみましたが、ジャイロ回転を前(後ろ)から見たとき縫い目が対称的なのでフォーシームジャイロは”対称ジャイロ”と呼ばれ、ツーシームジャイロは”非対称ジャイロ”と呼ばれます。

フォーシームジャイロは風を前から受けたときに、空気の流れを受け流す方向が2か所対称的にあります(上画像の青い矢印)。このおかげで空気抵抗が少なくなります。
逆にツーシームジャイロは空気の流れを受け流す場所が1か所しかないので、空気の流れが乱れやすくなりフォーシームジャイロと比較して空気抵抗は大きくなります。

姫野龍太郎先生らの実験によって、野球の大体の球速帯においてフォーシームジャイロは最も空気抵抗が低く、ツーシームジャイロはフォーシームジャイロよりは空気抵抗は大きいものの通常のフォーシーム(ストレート)よりは空気抵抗が小さい、ということが分かっています。
(姫野龍太郎「ジャイロボールのドラッグクライシス」, ながれ, 27 (2008) p.403-409)

つまり空気抵抗は、
フォーシームジャイロ<ツーシームジャイロ<ストレート(フォーシーム)
ということです。

通常だとカットボールやスラッターがフォーシームジャイロ回転にあたり、スプリット(SFF)やツーシーム(高速シンカーのような)などがツーシームジャイロ回転あたります。前者は減速せずに下に「スッ」と落ちていき、後者は多少減速しますがより落差が大きいです。

これらを踏まえて話は戻りますが、渡辺投手はジャイロボールを投げています。こちらの記事(https://marines30s.exblog.jp/5151449/)には2007年あたりから使っていると書かれています。
またhenkakyu.netさんによりますと、フォーシームジャイロをストレートとしてツーシームジャイロをスライダーとして投げていたようです。

フォーシームジャイロは空気抵抗が少ないうえに、アンダースローで浮き上がるように投げられるので、初速と終速の差がかなり小さいうえに落ちない変化球になります。(おそらくストレートなどのボールより、ジャイロボールはリリース時の力のかかり具合が伝わりやすいように感じます)
またツーシームジャイロは4章で述べたようなスライダーと同様に抜けたスライダーのような軌道をします。しかしフォーシームジャイロと比較すると空気抵抗が大きいので、フォーシームジャイロのボールほど速く到達しませんし落差も少し大きいです。
つまりツーシームジャイロはフォーシームジャイロほどタイミングは速くないし落差も大きいが、ストレートよりは到達タイミングが速く落差もないみたいなボールになります。
タイミング(緩急)や軌道(高さ)が3段階あるようなイメージです。下のツイートを見てもらうと分かりやすいですが、タイミングや高さが違うだけでかなり打ちにくくなると考えられます。

4章で紹介した高橋投手のスライダーは、ツーシームジャイロのボールでした。

また通常手首を立たせてリリースするカーブを手首を寝かせて投げるとジャイロボールになり、かなりタイミングの合わせにくいボールになるといったケースもあります。
上の動画では手首を寝かせてカーブを投げることで、90km/h代のバックスピン成分の多いフォーシームジャイロになっています。
球速と空気抵抗のなさ(初速と終速の差がほとんどない)、バックスピンによって浮き上がる軌道のミスマッチにより、タイミングの合わないかなり打ちにくいボールになっているはずです。

また渡辺俊介投手は、指の幅やリリースのタイミング、指をかける位置などを細かく調整して様々な種類のカーブを投げていたようです。(これについては渡辺俊介投手著「アンダースロー論」に詳しく載っています。)

・空気抵抗は「ストレート>ツーシームジャイロ>フォーシームジャイロ」
・軌道の高さ(より落ちない)は「フォーシームジャイロ>ツーシームジャイロ>ストレート」
・ツーシームジャイロを、フォーシームジャイロをストレートとして投げている
・手首を寝かせてカーブを投げると、遅くてノビがあり浮き上がってくるような「フォーシームジャイロ」になる

6, まとめ

アンダースローという投法は、通常のオーバースローやスリークォーターと異なって「下から上に投げ上げる」という特有なリリースができることで、極めて異質なボールを投げていることが分かっていただけたかと思います。

ジャイロボールの細かい話についても触れてみましたが、もし中継などでリリースの映像とか映ったら注目していただけると面白いかと思います。

・アンダースローは「下から上に投げ上げる」ので、低いところから浮き上がってくる普通にはない軌道になる
・ストレートはシュート回転しており、浮き上がってくるようなシュートになる
・シンカーは前腕をひねるようなリリースで、トップスピン成分を含んだ一旦浮き上がって落ちるボールになる
・ジャイロボールを投げやすいアームアングルで、フォーシームジャイロとツーシームジャイロを特有の軌道で駆使できる


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