クリスマスが繁忙期のひとたちにも「Merry Christmas!」と伝えたい

だれにでもあると思う。忘れられないクリスマス。

わたしにも、いくつかある。

ロマンチックからほど遠い、クリスマス。
甘い要素が1つもない、クリスマス。
ゆったりとは正反対の、クリスマス。

今回は、そんなクリスマスの話をしようと思う。

大学卒業後、ホテルに就職した。ラグジュアリクラスの、まぁ大きなチェーンホテルだ。

クリスマスは、GW・お盆・年末年始とならんでホテルの「超」繁忙期。わたしが働いていたころ、繁忙期に休むのは許されなかった(今はどうか分からない)。

繁忙期は「全員出勤日」に指定されていたからだ。バックサイドで働くスタッフも接客スタッフも、どこの部署に属していようと、社員全員が働く日だった。

繁忙期が近づくとミョーな高揚感がフツフツわいてきて、いつもより多くのお客さまが集うのを心待ちにし、よしやるぞ!とスタッフの士気は上がっていった。

「人と接するのが好きなので」


ホテルに就職する理由を面接で聞かれ、ほとんどの人はそう答える。ホテルは、接客好きの集まりだ。繁忙期にスタッフの士気が上がるのも、まぁ当然かもしれない。みんなが遊ぶシーズンに自分は働く。それをマイナスと思わない人が、ホテルで働いているわけだから。

ホテルはふだんから非日常感に包まれているが、クリスマスは格別だ。

ロビーには、きらびやかなクリスマスツリーが飾られる。思わず見上げるような高さだ。館内には品の良いオーナメントがちりばめられ、中庭ではイルミネーションが点滅する。

すべてがクリスマス1色のホテルで、スタッフは100%ウェルカム態勢で仕事にのぞむ。胸に、いつもより多くのワクワクを抱えて。

ホテルに勤めて3年目だったろうか。ロビーを歩いていると、若い女性のお客さまに呼び止められた。

「シャッターを押してもらえますか」

冬のデートに映えるような、真っ白なコートを着た女性。耳元には、ふぅわりとしたファーのピアスが揺れていた。わたしより少し年上、20代後半くらい。となりの男性は、ポインセチアの小さな鉢植えをかかえていた。

「はい、かしこまりました」 笑顔でカメラを受け取る。

ツリーを飾る金色のオーナメント、女性の真っ白なコート、ポインセチアの赤と緑。そのカップルは、ツリーに負けないくらいの輝きと幸せのオーラを放っていた。

いいなぁ、こんなクリスマス過ごしてみたい。


そう思いながら、笑顔でカメラをお客さまの手元に返す。ホテルに就職した時点でロマンチックなクリスマスはあきらめたはずなのに、若いカップルを目にすると、本能的に小さなため息がでる。

「ふぅー」 そんなことが何度もあった。

ロビーで。ツリーの前で。イルミネーションを背に。若いカップル、家族づれ、シニア夫婦に声をかけられ、カメラのシャッターを押した。みんな、クリスマスという特別な日を大切な人と過ごしていた。

イブとクリスマスが週末に重なったときには、ホテルはとんでもない忙しさだった。

どこの部署も全員出勤しているというのに、チェックインカウンターは長蛇の列。ベルマンはひっきりなしに荷物を運び、レストランでは、スタッフがお客さまを次々と案内している。

あまりの忙しさに、ふだんは事務所にいる広報部や営業部のスタッフもロビーに立ち、お客さまのアテンドをしていた。

いつもより賑々しいロビーを見て、数か月の長期滞在をしている外国人ゲストは目を大きく見開き、そして

「Merry Christmas!」

と、わたしたちホテルスタッフに声をかけてくれた。「Merry Christmas to you too!」と笑顔で返す。

「あんなふうに声をかけてもらえると嬉しいよね」

ホテルウーマン歴15年の先輩がそういった。

「ホテルで働いてるとクリスマスも年末年始も仕事でしょ。子どもたちに寂しい思いさせちゃってるから。お客さまにああやって声かけてもらえると、なんか救われるわ」

先輩はそういって、こちらを振り返った外国人ゲストに軽く会釈をした。

クリスマスシーズンは、チェックアウトの日もあわただしい。

全員出勤しているというのに、チェックアウトカウンターは長蛇の列。ベルマンはひっきりなしに荷物を運び、客室係は嵐のような忙しさだ。掃除する部屋があまりにも多く、宿泊予約のスタッフが清掃にかりだされるくらいだった。

クリスマスは「全員出勤日」。じゃあ、ホテルスタッフはどんなクリスマスを過ごしてたの?と思うかもしれない。

わたしが働いていたころ、イブやクリスマス当日はふだんの日とほとんど変わらなかった。残業して、帰りに1人分のクリスマスケーキを買い、アパートに戻り、テレビを見ながら食べる。

色っぽいことなんて、なに1つない。

同じタイミングで帰るスタッフがいれば軽く食事に行くことはあったけれど、なんせ、みんな疲れ果てていた。サクッと食べて即解散。次の日の勤務にそなえるためだ。

ロマンチックなことなんて、なに1つない。

だからこそ、お客さまがかけてくれた「Merry Christmas!」の言葉が嬉しかった。こんなに忙しくても、特別なクリスマスは過ごせなくても、わたしも「クリスマス」から置き去りにされていない、と思えたから。

ホテルスタッフにとって、クリスマスが終われば年末年始というさらに大きな「超」繁忙期が控えている。年末年始も「全員出勤日」だったので、そのためにも、体力を温存しておかなくてはいけない。クリスマスだからといって、クリスマス気分を味わっていられないのだ。

クリスマスに休みをとれない職業は、ほかにもたくさんある。

パティシエなどスイーツ関連の仕事、ウーバーイーツなど宅配の仕事、そのほかシフト勤務のサービス業、病院勤務の人、交通関係の仕事、警察など役所の人たちも。

わたしたちがクリスマス気分に浸って楽しめるのは、それを支えてくれる人たちがいるからだ。街がクリスマスカラーに染まり、クリスマスソングを耳にすると、気分がウキウキして、支えてくれている人たちの存在をつい忘れてしまう。

だから、心に留めておきたい。

イブの日、クリスマス当日に働いている人がいるのだということを。クリスマスを支えてくれる人がいるのだということを。

もしチャンスがあれば、そんな人たちに「Merry Christmas! = 幸せなクリスマスを!」と声をかけてみる、というのはどうだろう。

言葉をかけた人もかけられた人も、その一言で心のクリスマスツリーに灯がポッとともるかもしれない。

だれにでもできる「言葉のプレゼント」

目には見えないけれど、その一言が、だれかにとっての小さなクリスマスプレゼントになることを期待して。

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