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あの日、あの街で、彼女は。~西日暮里駅~

恋愛以外にも、自然消滅はある。

高架下の喧騒が印象的だ。西日暮里駅に止まる山手線と京浜東北線のほか、上野方面から大宮・高崎・宇都宮・北陸・東北方面までを繋ぐいくつもの在来線や新幹線が行き来していた。こんなに多くの電車が行き交ってるなんて。ガタンゴトンという軽快さはなく、ゴオォと過ぎ去る地響きのような音に、毎回ビクッと反応してしまう。

電車の音だけが理由ではない。高架沿いに建ち並ぶ居酒屋やラーメン屋など、飲食店の数々。平日のお昼頃、まだ開いてないお店が多いのに、新宿や池袋と比べたら街行く人は決して多くないのに、なぜかガヤガヤザワザワしていた。不思議な騒めきの中に取り残されていた。

初上陸は、仲良しの同期と一緒だった。同期同士の引継ぎ訪問は幾分も気が楽で、しかもお客さん先の担当者は、隣の課にいる先輩の友人とのこと。世間の狭さを実感する。「はじめまして」の時点で、共通の話題で盛り上がれることは何よりも心強かった。

ただ、「共通の人」がいることで、かえって関係性を築きにくくなることもある。紙一重だ。前任の同期とも、友人の先輩とも違うのに、彼女のアイデンティティが思うように発揮できない。いつまでも顔色を伺って、ペースが掴めない。

歯車が噛み合わないまま動き続ける。歪みがじわじわと広がる。軋む音が大きくなる。相性がものすごく悪いわけでも、その担当者が悪い人というわけでもない。ただ、彼女越しに透ける先輩の影が、彼女自身をぼんやりと霞ませる。

ついに霞んで視界が閉ざされた。新しく申込書を交わすタイミングで、連絡が途絶えてしまった。原因は、今でも分からない。商品の説明には納得してもらえたし、決裁も通ったと報告を受けてたのに、最後の捺印でパタリと。

ちょうどその頃、コロナが流行し始めた。完全在宅で訪問もできない。オンライン商談を嫌がる担当者だったし、そもそも電話もメールもLINEも繋がらない。先輩に聞いてもはぐらかされてしまった。

連絡が取れないまま半年ほど、彼女が部署異動になってしまった。最後のアポも取れなくて、「後任に引継ぎます」というメールを残して終わった。終わらせた。ギリギリ自然消滅は回避できただろうか。

自然消滅の静けさとは裏腹に、心の騒めきが消えない彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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