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あの日、あの街で、彼女は。〜池袋駅〜

足繁く通って築いたもの、取り返したもの。

人生初めての池袋といえば、家族に連れられたサンシャイン水族館だったような。いや、違うかもしれない。大人になってから見た空を舞うペンギンに記憶が上書きされている。

5年間の営業人生のうち、池袋駅がもっとも多く訪れた街。間違いない、圧倒的、ダントツ。担当社数や通った年数が同じレベルの街は他にもいくつかある。ただ、「頻度」が群を抜いていた。多いときは毎週のように、いや週に2度訪れたときもあった。

「御社との契約はしばらくしません」初対面の最悪な記憶がこびりついている。先輩からの引継ぎで一緒に訪問したときに、担当者から無様に放たれた一言。頭の中に「?」が浮かぶとはまさにこのこと、事前に聞いていた話と違う。

社内評価に大きく影響する実績は、目標予算に対する「達成率」で大半が決まる。そして、目標は前月比や前年比で各企業ごとに決められる。つまり、目標にたんまり乗っかった予算は横引きのまま、契約停止=実績0円となり負債を背負う。通称「借金」と呼ばれていた。停止にならずとも、達成率を大きく伸ばした翌月や翌年は、自分で自分の首を絞めることもよくあった。理不尽な制度だこと。

2年目ほやほや、引継ぎ三昧で目標予算を何倍にも跳ね上げる。契約停止を皮切りに、営業人生どん底期に突入する。嫌というほど「ミタツ(未達成)」の言葉を浴びた。

契約停止企業の唯一の救いは、同じオフィス内のグループ会社は取引が続いていたことだ。訪問のついでに、飛び込み資料を渡してもらうように頼み込む。回数を重ねたある日、契約停止を言い放った本人と遭遇し、熱意と行動量を褒めてもらった。とにかく必死に愚直に行動した彼女が、ようやくスタートラインに立てた瞬間だった。

契約の再開と増額までトントン拍子に進んだのも束の間、今度は担当変更によるゲームリセット。最後まで難なくクリアできる人生ゲームがあってもいいんじゃない?休んだり止まったり戻ったりする必要ある?当時の彼女は「前に進まないと意味がない」と本気で思い込んでいた。

その後、ビジネスライクが苦手な彼女なりのやり方で関係性を築き上げ、「"ここだけ"の話にいちばん詳しい社外の人間」というポジションを確立した。関わる担当者全員の秘密と悪口を牛耳ってる感じ。みんながみんな社内で話せない話を彼女に耳打ちしてくる。実際はiPhone越しだけど。板挟みも根回しも、昔から慣れっこで今も仲裁者気質は健在だ。

健やかなる日も病める日も…ではないが、彼女の苦楽をともに、池袋でお世話になったお店を羅列させてほしい。スタバ、カフェドクリエ、ジョナサン、マック、コメダ、いきなりステーキ、博多ラーメン屋。めんたい煮込みつけめんは食べずじまい。どこも情景は鮮明に思い出せるけど、書き出すとキリがないので割愛。夏の南池袋公園も追加で。

営業人生の1ページ目に刻みたい、がむしゃらに頑張っていた頃の彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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