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あの日、あの街で、彼女は。〜本所吾妻橋駅〜

ブラシスを組んだ新卒が連れてきてくれた街。

「でっか!」思ったことがそのまんま声に出て、お互いに笑い合う。都営浅草線の改札を抜けて地上に出た瞬間、スカイツリーが視界に飛び込んできた。ブラシスを組んでいた新卒がアポを取ったので、訪問に同行することになった。

「ほんじょあづまばし」と言われても何もピンとこない。「浅草橋駅で都営浅草線に乗り換えるんですけど〜」と新卒の丁寧な説明を聞きながら、Googleマップを開く。「スカイツリーめっちゃ近いじゃん!」上京して3年目、スカイツリーに登ったことも、近くのお客さん先に訪問したこともある。それでも少し胸が高鳴った。

初めてのアポ、訪問、商談、受注。なにをするにも「初めての瞬間」は必ず訪れる。ブラシスの新卒が必死で取った初アポは、すなわち彼女にとっても初同行を意味する。一緒に提案資料の準備をして、ロープレをして、名刺交換の練習までして、ふたりともちょっぴり緊張気味に迎えた当日。

5月とは思えないほど、前のめりな夏の主張を感じた日。ジャケットは腕にかけて持ち歩くのが正解。迷ったときのためにと、約束の20分前に本所吾妻橋駅に着く電車に乗った。時間の余裕があったからこそ、スカイツリーを見上げてしばらくその場でぼーっとできた。地方出身の彼女たちの似通った反応ったら。

訪問先を目指して、スカイツリーから付かず離れず、歩を進める。途中でふと公園が目に入る。東京は、無機質な街並みに急に公園が出現する確率が高い、と思う。いかにも公園がありますよオーラを放っていない、凛とした佇まい。

オフィスビルなんて大層な場所ではない。新卒の初訪問先として不安になったが、しかたない。もちろん会議室もなく、アパート内の和室に通される。良い人そうな中年のおじさんは社長だった。彼女の話も、新卒の話も、漏れなく丁寧に耳を傾けてくれて、まさかのその場で受注が決まった。社長アポゆえの即決受注。初めて取ったアポにしては嗅覚が優れすぎている。

こんなにも嬉しくて、早くオフィスに戻りたくなる帰り道があっただろうか。心の中でスカイツリーに向かって報告を済ませて、これからも見守っててねと念じる。

スカイツリーを背に、自分ごとのように喜ぶ彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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