孤独なモンスター
昔々、一人の冒険家が北極の海で、自分の船が立ち往生し絶望的になっている矢先、吹雪の中、人間のような形をした大きなものが、犬ぞりを引いて通り過ぎていくのを見た。
冒険家は翌日、一人の衰弱した男を救助する。
男はあの怪物を探していると言う。
その男は、以前は大学の研究室にいた博士だった。
命の起源はどこからくるのか?
生と死を分つものは何か?
そうした研究に没頭していた。
博士の異常な愛情は、やがて墓を暴いて複数のご遺体をつなぎ合わせる行為に及んだ。
そして遂に、遺体が蘇った。
博士の名は、ビクター・フランケンシュタイン。
今日あるホラーやSF作品の礎になっているとも言える、メアリーシェリー著『フランケンシュタイン』*1を読んだ。
恐怖、怪奇というより、悲しい物語だった。
🔸続きのあらすじ
若きフランケンシュタイン博士は、自分が作り出した怪物の醜さに恐れをなし、怪物を置いて逃げる。
怪物は、少しずつ言葉と字を学び、詩が読めるようにもなる。
しかしどこへ行ってもその不気味な醜さが災いし、人間たちから追い出されてしまう。
妻がほしい。友がほしい。
孤独な怪物は、自分を生み出したビクターへの憎しみを募らせる。
怪物は、フランケンシュタイン博士の弟のウィリアムを殺め、さらに博士を破滅させようとする。
弟の死を乗り越え、結婚して幸福になろうとしていたビクターと対峙した怪物は要求する。
一度は怪物の妻を作ることを約束するビクターだったが、悪魔を増やすことを恐れ、約束を反故にする。
すると怪物は、ビクターの親友クラーバルを殺す。ビクターが被疑者になって拘束さらるが、アリバイが立証され釈放される。
怪物は、ついにビクターのフィアンセも結婚式の日に絞殺する。
ビクターは怪物への復讐のため北極まで追いかけるが、衰弱し命が尽きる。
冒険家が絶命したビクターの部屋に入ると、ベッドのそばに怪物がいた。
こいつもおれの犠牲者だ。これからおれも死ぬ、と言い残して怪物は去った。
冒険家は船が動くようになると、進路を引き換えし、家路を急いだ。
🔸続きのあらすじ終わり
文学研究者アン・メローという人が、この作品を、虐待された子供「バタードチャイルド」(battered child)の物語だとしている。*2
怪物のビクターへの怒りは第二の感情で、第一の感情は悲しみだった。
本当は見捨てないでほしかった。理解者になってほしかった、
そうビクターに想いのたけをぶちまけたときの怪物の憎悪は、マグマのようだった。
読了後、2018年に起きた、医学部受験のために9浪した女性が自らの母を殺して遺体を川に捨てた事件をふと思い出した。
「モンスターを殺した。これで一安心だ」
母を包丁で刺殺した直後、女性はTwitterにそう投稿していた。*3
取り返しのつかない暴力を振るった人間はときに怪物、モンスター、鬼畜、などと表現される。
この女性からしたら、母が怪物だったわけだ。女性は被害者でもあり加害者でもある。
フィクションの中では、怪物はビクターの死を見届けて、結局伴侶も同胞もないまま、自分を炎で焼く、と言い残して消えた。
現実の世界での殺人犯の女性は、刑務所の中で余暇の時間や運動の時間に会話する同胞ができていった。*3
誤解を恐れずに言うと、刑期を終えて出所したら、彼女には生きていってほしいと思う。
おしまい
参考文献
*1 シェリー『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』 訳者 小林章夫 光文社古典新訳文庫 2021年
*2 小川公代「小さな物語の復興 フランケンシュタインを読む」『世界』岩波書店 2024年2月号
*3 斎藤彩 『母という呪縛 娘という牢獄』2023年 Audible studios
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