嫌光性種子

春風が体を優しく撫でる四月、僕はいつも通り午前十時きっかりに下宿のアパートを出た。玄関の扉が閉まると、植物図鑑や植木で溢れている自分の部屋が見えなくなる。僕は一息つき、歩き出す。散歩をして、街の片隅に咲いている植物を観察しに行く。毎週土曜日、大学が五日続きである怒涛の平日を過ごした後の休日のささやかな趣味だ。

僕は歩き出し、坂道を登っていく。今日はアパートから大学に向かう途中にある公園を訪れてみようと思っている。なんともない公園だけれど、植物が元気よく咲いている姿を見ることができるから、僕には宝石箱のように感じられる。

四月といえど、日は強く差し、僕の額には少し汗も滲んでいる。けれども、僕にとっては好都合だ。強い日差しを浴びているくらいがちょうどいい。
生まれ変わったら植物になりたいものだ。光合成をしたい。僕は切に願っている。

公園に辿りついた。土曜日だが、人は誰もいない。ブランコと、小さな滑り台と、1つのベンチ、そして僕。僕は一つ、木でできた朽ちかけのベンチに座った。


上を見上げると、桜が満開に咲き誇っている。その姿は華やかで、僕に元気を与えてくれる。桜の花が咲き、この世界がピンクに染められるこの季節が、僕は一番好きだ。

ふと、下を見てみる。ベンチの陰に、小さくて青い花が咲いている。小さいけれど、たくさん咲いている。

「勿忘草」

と僕はつぶやく。忘れること勿れ。忘れないで、という名前が付いた花である。

この花は、桜などと比べると、華やかさには欠けるかもしれない。名前も暗い。おまけにこの花は嫌光性種子といって、発芽するのに光を必要としない。
地味な印象を受けるかもしれない。

だけれど、この花は華やかであり、美しいと僕は思う。青く小さな花がぎゅっと密集して咲いているのは、壮観だ。小さな力が集まって、大きなエネルギーになっているように感じる。
光がなくとも、芽が出る。このことも、僕は希望に感じる。どんな状況であれ生きていけると、僕の背中を押しているような気がするからだ。

僕はその中の一輪を摘み、ノートに挟んで押し花にした。
心が澄んでいった。嬉しくなった。僕はノートを鞄にしまい、アパートに向かって歩き出し、帰路についた。


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