不登校の親になって~~現実世界のお話~

こんにちは。前田の妻です。

今日は我が子の不登校について書いてみようと思います。

現在17歳。単位制高校に通っています。
不登校になったのは中学2年から卒業までです。
もともと「てんかん」「発達しょうがい」がありましたので少し感じ方が違う子供だったかも知れません。

不登校のキッカケは本当のところは分かりません。
私には「この学校には私たちを助けてくれる大人は居ないから行くのをやめた。」と言っていました。

中学1年から朝は苦手で「起立性調節障害」との診断にて遅刻する日もありました。
それでも午後からとか、部活だけとか登校していました。
担任の先生も好きだったようです。
中学2年になり、起きられない日が増えていきました。
GW過ぎたあたりからは一切行けなくなりました。

この時私は力づくで学校に行かせようとしました。
鞄も我が子も玄関から放り投げました。
「学校は行くもんなんだよ!選択肢なんか無い!」と。
とんでもない親ですよ。ほんとに。
これが毎日2か月位続きました。
夜中に誰かと電話していたり、メールしていたり昼夜逆転。
本気でこいつは頭がおかしい。入院させないとダメなんじゃないか?と思っていました。

「もう死ぬ!」と、部屋の窓から飛び降りようとした事もありました。
「なら、私も一緒に行く!来い!」と、我が子を引きずって窓から投げようとした事もあります。

こんな地獄のような日々に終止符を打ったのがパートナーでした。

「大丈夫。絶対に大丈夫。今できる事はこいつを信じるだけなんだ。こいつなら絶対に大丈夫だから。人生なんて回り道した方に価値があるんだよ。」

この一言で我が家の不登校が開始になりました。

全ての基準は「生きている」事。
それ以外は何も口を出さない。

そう、決めました。

朝は寝ている我が子も私が仕事から帰ってくると制服に着替えている事もありました。
「今日は行ったのかな?」なんて期待すると、「行ってない。」と。
「行かないなら皺になるから着替えんなよ。」と言ってしまうようなホントにダメ親でした。

しかし、そんな会話を続けているうちに、「今日も行けなかった。」と言うようになったのです。

「学校に行かない」という事実は同じなんだけど、言葉が違う事に気づいたんです。

この時初めて「この子は本当は学校に行きたいんだ。行きたいのに行けなかったんだ。今自分と必死に戦ってるんだ。」と気づいたのです。

本当はもっともっと前から戦っていたのかも知れない。
ずっと一人で抱えてきていたのかも知れない。
限界が来たんだな。
なんで、限界になるまで気付かなかった?限界が来てるのに無理させようとしたんだ!
本当に自分で命をたつ選択をしたかもしれない。
たったの13歳でこんなに抱えこませてしまったんだ。

そう思ったら「学校なんて行かなくていいんだよ。行けなかったなんて責める必要ないから。そんなことより好きなことしなさい。なんでもいいから好きなことしなさい。好きな事する時間欲しいから学校には行かない。って選択しただけのこと。」と声を掛けられるようになっていました。

そこから徐々に夜中の電話も止み、生活も落ち着いてきました。
家族も朝起きて来ないことや、夜中まで起きてることも気にしなくなり、「これがこの子の生活リズムなんだ。」と認識するようになりました。

学校には行きませんが小学生の兄弟の世話や、家事はしてくれていましたし、中学を卒業する時には、
「いつかママに殺されると思っていた。でも、今なら分かるよ。ママもあの時必死だったんだよね。仕事もして、家の事もして、まだ赤ちゃんだった下の子供の面倒みて。自分も全然ママの言うように出来なくて本当にイライラさせてたんだと思う。ママ、よく頑張ったね。本当に今までありがとう。」
と、言ってくれました。

不登校を認めていなかったら私たち家族は崩壊していたでしょう。
本当に不登校を経験出来て良かったと思っています。

子供にとっても「何があっても認めてもらえる。」という安心感につながったと思います。
私にとっても、どんな事があっても必ず道は開けるし、子供の力を信じるきっかけになったと思います。

現在の我が子は17歳になり、バイトと並行しながら単位制高校に通っています。
「教科書代は自分で払うから、他のお金はお願い」と、言うまでになりました。
自分の生活スタイル、性格、得意不得意を理解し、自分にあった働き方をバイト先にはじめに申告しておくというスキルまで身についてました。
「不登校児がバイトなんて出来るはずがない。」
という私の決めつけを覆し、3年目に入りました。

今、不登校のお子さんを抱えている親御さんがもし、読んでくれていたら、絶対に未来は明るいと信じて欲しいです。
皆と同じじゃなくていいんです。
皆と同じである事の意味はなんですか?
昔昔の時代に作られた義務教育の制度です。
同じ時代に生まれ、同じ地域に生まれただけの子供が集められただけのことです。
誰が決めたか分からない、誰の価値観で良しとされたか分からない勉強をするより、学びたい物、興味のあるものを学ばせてあげてください。
あなたのお子さんが興味のあることはなんですか?
学校が好きで通ってるなら全然いいと思います。
でも、そこに居場所がないなら、行く必要なんてないと思います。

今、不登校を選んだお子さんが読んでくれていたら、あなたは絶対に間違ってないよ。私が子供に送った言葉を送ります。
「あなたはすごいね。ママは学校は行くもんだ。って思ってたから何も疑わずに学校に行ってたよ。そこを行かない選択をしたことはすごいことだよ。きちんと自分の目で自分の心で自分にとって何が必要か考える力があるんだ。大切なことをあなたはちゃんと知っている。勉強はいつでもできる。学びたいときにいつでも学べるから今じゃなくてもいいと思う。人として大切な物を持ってるあなたは、絶対に大丈夫。そして、自分と同じように苦しんでる人の支えになれる。ママは不登校したことないから、辛さが分からない。でも、あなたにはわかる。必ずあなたの経験は誰かを助けるからね。」

我が家は小学生にも「有給休暇制度」を取り入れています。
月に1回自分だけの都合で休んでいい日です。
「大人も有給休暇があるんだから、皆勤賞なんて目指さず休もう。」
が我が家のルールです。
小学生も授業の兼ね合いや、クラブや委員会の兼ね合いをみて休み希望を申請してきます。
自分の心や体が辛い時、キチンと休みをとることの大切さを伝えています。

今日は少し長くなりましたが、不登校で苦しい人が少しでも減ること、学校に行ってもいいし、行かなくてもいい。なんなら、学びたい事を自由に学べる世界になることが私の願いです。

子供たちが望んだ学びたいスタイルが守られることが「義務」であってほしいです。

本日もお読みいただきありがとうございました。

love&peace(。・ω・。)ノ♡
happysmile(*'▽')

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