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旅しながら読むのか、読むための旅か

サクッと恥をさらすと、とんと自宅で本が読めていない。積読の山は活火山のごとく大きく成長しつつあり、筆者はその事実から現実逃避してSimutransしながらYouTubeの「あとで見る」リストを必死に消化している。

そんなわけで読書を集中的に進められるチャンスタイムは専ら旅行先、乗り物に乗りながらということになる。ここの旅行記でも本を読んだりという記述がちょくちょく出ているかと思うが、今や数冊の本は旅行時のほぼ必携品となっておりATR42の機内持ち込みサイズに押し込めた荷物の中にすらしっかりとその居場所を確保し続けている。

飛行機のおとも、それは積読

おおよそ旅行日数分の冊数の本を持っていって乗り物に揺られながら読書を進めていく、時々顔を上げると見慣れた景色…というと優雅なようだが内心穏やかではない。きっちり読み進めていかないとならない。そもそも本を持っていくのも旅の空気の中学びを深めていこうなどという高尚な動機であろうはずもなく、旅行先でさえダラダラとSNSを見ているような自分というのが受け入れがたいと言うことと、更に生々しい話としてスマートフォンのバッテリー消費を抑えて気楽に運用したいということもある。今や乗車券やホテルの予約、飲食店の決済もスマホ全乗っかりが当たり前なのだし。

特急や新幹線メインの旅程であれば充電スポットを安定して確保しやすい時代ではあるが、普通列車に乗る時間が長かったりするとそんなことは今後含め期待しにくい。久しぶりに青春18きっぷで朝から晩の長旅をしたいなどと夢見てはいるものの、それをやったら充電環境が一切無い中で16時間ぶっ通しなどということが頻繁に発生しうる。

そこまでやるならSNSの確認すらもきっちりスケジュールに組み込んで必要最低限に抑えるべきだろう。モバイルバッテリーはどうかって? バッテリー系で管理すべきものがこれ以上増えるのは御免被る、スマホ×2、Bluetoothヘッドホンだけで充分だ。

このうんざりさも旅の醍醐味か

そんなわけで旅行先で本を読むのは気楽に本を読み進める手段としてかなり効率が良いやり方になっている。普段乗らないような車両で、普段眺めない景色を肴に読書を進めて知識を深め考えに触れるのも乙なものだ。途中で別のことを始めてしまうようなことがなくしっかり没頭できるのもポイントである。YouTubeなど見ながら読書しようというのは筆者にはどうにも合わず、資料の確認程度ならともかくしっかり文章を読み込むのにはこのやり方は使えない。飽きっぽい性格の筆者にとって自宅で本を読むのはそういう難しさが付きまとうようになってしまった。

今年もこれから様々な旅に出ることになる。買い集めた本を効率的に読み進めていかないと何のために買ったんだということにもなり宜しくないのもあって、これからも旅行先には本が欠かせない生活になっていくことだろう。223系の窓から、ボーイング737の窓から、本越しに見える旅先の景色が楽しみだ。飛行機はともかくほとんどの鉄道路線の乗りつぶしが済んでいるのも都合が良いことで、この路線の景色からはずっと目が離せないというようなところもほとんど無く、ここぞというところに注力できるようになった。

マイペースに読みながら

こうなると車内や車窓の見え方も変わってくるもので、ある時ふと顔を上げると様相が変わっているというギャップに驚くようにもなった。SNSを見ていてもだいたい同じようなものではあるけれど、向かい側に今生きている人が居るSNSと勿論生きた人が関わったものとはいえ直接コミュニケーションを交わすことはなく、ともすればとうに故人になっているようなこともある本とでは大きく異なるのではないだろうか。自分の世界にどっぷりと浸かっていたところから目の前の現実に戻るときの落差はなかなか他では得られないように思う。

まあ筆者が主に見ているSNSというとなんだかんだXの比率が高めで、あそこの空気に長く浸っている気にもなれなくなったというのは大きいのかもしれない…Threadsは自分の見る範囲に流れてくるものは平和なのだが、いかんせん情報量がいささか薄味でXの玉石混交に比べれば居やすい環境だが、メインにはならないように思う。そう思うと旅行中に見るSNSとしては俗な論争に明け暮れるXよりは落ち着いたThreadsの方が向いているということになるのか。本を集中的に読めるときに敢えて読もうとして旅行中の盛り上がった気分に水を差されるリスクが明らかに高いサイトなど精神衛生上見るべきではないのだろう。

情報量は確かにあるんだけど…ねぇ

なんだかんだ「遠くの列車や飛行機、フェリーで本を読む」という日常と非日常の交錯が気に入っているのが最大の決め手かもしれない。東京九州フェリーで午後のすることがなければ電波も届かない時間に太平洋の只中で本を読むことの贅沢さは現代の日常シーンではまず成立し得ないものだ。一昔前であれば新幹線でもトンネルが多い時間帯にはほとんど携帯電話の電波が届かなかったものだが、その頃旅行していたら本をどんどん読み進めていただろうが今では成立し無い場面だ。それどころか長距離フェリーにもStarlinkによってWeb環境が整う時代が近い将来のものとして具体化しつつある(それ自体は間違いなく良いことだが)。

そんな中で敢えてインターネットから距離を置き、紙のページを捲る。なんだかんだスマホからは得にくい知識がそこにある、時々顔を上げるとすっかり変わった景色が広がる。そんな非日常を演出してくれるツールとしての読書はこれからの旅のあり方として思った以上に魅力的なアイテムなのかも知れない。

本棚が足りない

まあ筆者にとって目下大問題になりつつあるのは、本棚が足りずにうず高く積まれつつある蔵書なのかもしれないが…

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