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ママ友とのお茶会

先日、同じ小学校に通う子どもをもつママ友達とお茶をする機会があった。
子どもが幼稚園に通っていた頃より、そういった機会はぐんと減ったので、時々、お誘いがあると嬉しくなって参加してしまうのだが、大抵、途中からモヤモヤして疲れを感じてしまう。
その都度、立ち直るのに時間がかかり、もう参加しないでおこうと思うのに、久しぶりに声がかかるとノコノコ行ってしまう。
なので、なぜ、私はモヤモヤして帰宅することになるのか考えよう!と先日は気合いを入れて参加してみた。


話題は、自分自身のこと、子どものこと、夫のこと…
自分自身や夫のことは笑い話になったり、愚痴になったりするが、特に気にならない。
けれど、子どもに関する話題になると、次第にモヤモヤが募ってくることに気付いた。
私がひねくれているからか、子どもに関する話題は、「私の子育て、正解でしょ!」と言い合ってるように感じてしまうのだ。


同じように育てたとしても、子どもの性質もあるので、同じように育たない。
子育てに正解なんてないのは頭で分かっているからこそ、日々これでいいのかなぁと漠然とした不安を抱えながら子育てをしている。
だから、ママ友達で集まって、悩みなどを聞いてもらっているように見せかけて、本当は「私の子育て、これで合ってるよね?」と確認したい部分が私の中にあるのだと思う。
同じ子育て方針だと、正解!と言われた気がして、安心する。
けれど、異なるところがあると、不安になってしまい、「え…私の子育て、ダメですか」とモヤモヤが募る。
これが私を疲弊させていることに気付いた。


私に俯瞰する力があれば、どんな内容であっても「そう、あなたの子育ても正解です!だって、あなたのお子さんはとても良い子じゃない!」と言うだけで済む話。
なのに、ママ友達の話を聞いていると、ついつい自分自身と比較してしまい、私は過保護過ぎなのではないか、もしくは放置し過ぎではないのか、間違った子育てをしているのではないかと、謎の負の思考に陥ってしまう。
子どもをさも自分の作品のように捉えてしまい、上手く育てないと!という、かなり傲慢な考えに取り憑かれてしまい、そこから抜け出すのに時間がかかる。
それが疲労感に繋がる。
それなら、ママ友達とのお茶会なんて参加しなければいいと割り切れればいいのだが、時々、本当に素敵だなと素直に思えるママ友の意見もあり、救われるときもあるから、誘われると、ついつい参加してしまうのである。



子どもは私とは違う一人の人間、思い通りになるはずがない。
人は人、自分は自分。
人から私の子育てを褒めてもらおうなんて思わず、かと言って卑下することもなく、自分自身でどう子どもと接するかを決めていく。
子どもへの評価と私への評価は別物。
この自分の軸がしっかりしていると、どんな話の内容でも揺るがないし、モヤモヤすることもない。
素敵だなと思うことを素直に自分の中に取り入れる余裕も出来る。
これが出来たら、ママ友達とのお茶会が単純に楽しめるだけでなく、生きやすくもなるのだろうなと思う。

…と、先日のお茶会から少し疲れて帰宅した私はウダウダと考え、「疲れる原因は、私が自分軸のブレやすい未熟者だから」という結論に至った。
子ども達には常日頃、「人生は決断の連続。自分で考えて、自分で決めて、人のせいにしない!」と偉そうに伝えているのに、なんてこっただ。
もう人からの評価は気にしない!
自分で決めていく!
決意を新たにした45才でした。

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