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『色気』

 『なにかこう、もっと色気のある写真撮れませんか?』

編集者からそう言われて口を閉じたまま小さなため息をついた。不思議と怒りはなく客観的にみても僕の写真に色気が無いことは確かだ。色気のある写真って何?逆に聞きたいところだ。

編集長が交代して方針が変わったのだそう。女性の色気を前面に出していく誌面作りをするのだと聞かされた。それまでは男性目線で撮影することさえ憚られていたのに急に180度方向転換されたものだからたまったものではない。ひたすら困惑してしまった。

その雑誌は売れに売れて一大ムーブメントになった。それまでお色気路線ではなかったタレントさんやモデルさん達も『男性向けグラビアじゃなくて女性誌だから』と誌面に載ることを承諾したと聞いた。

そういえばフランスの写真家ジャン・フランソワ・ジョンベルがまるでプライベートを覗き見するかのような自然な動きと表情を捉えた写真集『JONVELLE BIS』『MISTRESS』を発表した時、多くの女性達から『私もこんなふうに撮影されてみたい!』という声があがったそうだ。もちろん同列に語ることではないが、その時のことをなんとなく思い出した。

国が変われば『色気』の基準も変わる。現在では違っているかもしれないがインド映画で最高のお色気シーンは、、、男女が川に落ちたり突然雨が降ってびしょ濡れになったりすることだそう。世界中での『色気』とはどんなものなのか調べてみたくなった。

その雑誌が売れるとライバル誌も追従するのは世の常だ。今からやり始めても遅くね?なんて言葉をぐっと飲み込んで撮影の打ち合わせに参加する。『今回のテーマはずばりモテ!です』と青みがかった白い肌、金髪、青い目のモデルさんが写った写真を資料で見せられた。ピンクの背景、ピンクの衣装、そしてピンクメイク。色数が少なく透明感があって素敵な化粧品の広告写真だ。『あのーこれは白人のモデルさんだから似合うのであってオークルが強い日本人モデルの肌色だとピンクの背景では顔色が悪く見えてしまいます。背景はグレーとかにしませんか?衣装もピンクのメイクを際立たせるためには同系色は避けたほうが良いと思います。そもそもピンク=モテという発想自体が短絡的です。もし男性からモテたいというのであればリップは完熟したトマトみたいな赤、うっかり日焼けしてしまったように帯状に入ったオレンジチーク』ここまで発言してハッと我に帰る。またやってしまった。

普段、他人の撮る写真に嫉妬することはほとんどないのだがある時インスタで思わず嫉妬してしまう投稿を見た。10代の頃からよく知るモデルさんがものすごく色っぽく写っていたのだ。それ以外にも男性モデルのモノクローム写真も妙に艶めかしく色っぽい写真ばかり。うーん、この写真から滲む色気はなんだ。自分には絶対に撮れないであろう写真ばかり。僕と同業者でお名前は良く知る方だが会ったことはない。たまらず『どうしたらこんなに色気のある写真が撮れるのですか?』とコメントしたら『今度飲みましょう!』と返事がきた。

その方は他人に対してさりげない気遣いと優しさにあふれる色気のある人物だった。そうかやはり写真ってその『人となり』がでるんだなぁと改めて思った。色気のある写真を撮るためには色気のある人物でなくてはならないのか。。。完全に諦めた。

前前前世くらいから人間やり直さないと無理だ。






























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