俳句を読む 33 和田誠

檸檬抛り上げれば寒の月となる   和田 誠

檸檬の季語は秋ですが、ここでは、抛り上げられた空の季節、つまり冬の句とします。果物を抛り上げる図というと、わたしはどうしてもドラマ「ふぞろいの林檎たち」のタイトルバックを思い出します。また、「檸檬」という語からは、高村光太郎の「レモン哀歌」が思い出されます。そしてどちらの連想からも、甘く、せつない感情がわいてきます。句は、そのような感傷的なものを排除して、見たままを冷静に描いています。ドラマや詩とは違う、俳句というものの表現の直接性が、潔く出ているように思います。檸檬を月に見たてることには、たしかに違和感はありません。こぶりな大きさと、あざやかな黄色、また硬質で起伏のある質感は、形こそいびつではありますが、月を連想させるには充分すぎるほどの条件を備えています。抛り上げる「動き」と、上空でとまった時の「静止」。レモンの明るい「黄色」と、夜空の暗い「黒」。手で触れつかむことができる檸檬と、けっして手には触れることのない上空の月。これらの対比が効果的に、句の中に折りこまれています。そういえば、食べかけのレモンを聖橋から捨てる、という歌がありました。掲句のすっきりとしたたたずまいにもかかわらず、私の思いはどうしても、そんな湿った情感に向かってしまいます。『新選俳句歳時記』(1999・潮出版社)所載。(松下育男)

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