20年後の社内旅行

「20年後の社内旅行」

早くに亡くなった先妻は、ある時、どうしても両親を連れて海外旅行に行きたいと言い出しました。前にも書きましたが、先妻は体が弱く、人と旅行に行くということがなかなかできませんでした。それでも、両親も歳とってきたし、行ける時に行っておきたいというので、私が会社を何日か休める日に、旅行に行きました。

ハワイにしようかとも思ったのですが、先妻の体力を考えて、より近い台湾に行くことにしました。わたしと、先妻と、先妻の両親と、4人で夏に台湾を旅行したのです。両親はもちろんとても喜んでくれました。

その旅行から半年後に、先妻は亡くなりました。

それから20年ほど経った頃のことです。わたしは外資系の会社に勤めていましたが、外資系といっても日本的なところもあり、年に一度の社内旅行があったのです。ただ、部署全員で温泉に行くとか、そういうのではなくて、さまざまチョイスから、自分の参加したいものを選ぶことができるのです。

その中に、台湾旅行があったので、わたしも申し込みました。とくにその時に、台湾に興味があったというわけでもなかったのです。部下に台湾出身の優秀な女性がいて、「案内しますよ」と言ってくれたこともあり、たまには仕事以外で海外へ行くのもいいかなと、ふと思っただけなのです。それだけの思いで行ったのです。

工事中の故宮博物院を見学し、中華料理を食べ、ウーロン茶の店を回りなどしているうちに、でも、少しずつ、過去のことを思い出してきました。わたしは以前にも、台湾に行ったことがあったのだと。

そのことを忘れていたわけではありませんでしたが、今回は社員旅行でもあり、とくに昔の旅行を意識に入れていたわけではありませんでした。

しかし、中正紀念堂の建物の中に入り、そこから広々とした空間を眺めているときに、突如としてわたしは、まさに同じ場所で、20年前に、先妻と並んで同じ方向を見ていたことがあったことを思い出しました。わたしは、隣に先妻が立っているという錯覚に陥りました。

わたしは先妻が亡くなったあと、再び結婚をし、子どもを持ち、あいかわらず同じ会社に勤めています。それほど晴れやかではないけれども、それなりに幸せな月日を過してきました。

わたしはそれらの出来事を、その場で、先妻に報告しました。

そして同僚のほうへ、走ってもどりました。

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