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不機嫌な王様と宝物

 ずいぶん昔に書いた童話の再掲です。『悟り』とか、『自己』とか、『唯識』とか、『梵我一如』とか、そう言った宗教的な意味を持たせて書いたお話になります。暇な人は読んでね。

不機嫌な王様と宝物

 昔々、あるところに、不機嫌な王様が住んでいました。王様は若くて、強くて、聡明で、ただいつも虚しさを感じ、不機嫌でした。

 ある日、年老いた賢者が王様のもとを訪れて言いました。

「ある城に、この世で最も素晴らしい宝物が隠されております」

「ほう。それは何処の何という城じゃ」

「それは、わたくしも知りません。ただ、あなた様なら必ずや見付け出すことができるでしょう」

 王様はその話を聞いて、この世で最も素晴らしい宝物なら、この心の虚しさを癒すことができるだろうと考えました。

一つ目の宝物


「よし、兵を出せ。隣の城を攻め落とすぞ!」

 王様は雄叫びを上げると、隣の城に攻め込みました。

「ご武運をお祈りし、あなた様を見詰めております」

 傍らに居た侍女は、甲冑を纏った後ろ姿に、そっとそう呟きます。

 そのかいあってか、王様は隣の城を攻め落し、宝物を手に入れたのです。

 宝物は、哲学者の天秤という品物で、それを持つ者は善悪の規準になることができるという物でした。

「つまらん! 善悪など時代によって変わるもの。明日にでも色褪せてしまうでないか。これではない。次の城を攻め落としに行くぞ!」

二つ目の宝物

 王様は雄叫びを上げると、次の城に攻め込んでいきました。

「ご武運をお祈りし、あなた様を見詰めております」

 傍らの侍女は、王様の後ろ姿に、再びそっと呟きます。

 お陰で、王様は次の城を攻め落し、別の宝物を手に入れたのです。

 宝物は、錬金術師の眼差しという品物で、それを持つ者は時間の続く限りのあらゆるものを見通すことができるという物でした。

「これでもない! これでは何処までも続く当たり前の中に閉じ込められているようなものではないか。次の次の城を攻め落としに行くぞ!」

三つ目の宝物

 王様は雄叫びを上げると、次の次の城に攻め込んでいきました。

「ご武運をお祈りし、あなた様を見詰めております」

 傍らの侍女は、王様の後ろ姿に、繰り返しそっと呟きます。

 その加護にあやかり、王様は次の次の城も攻め落し、更に別の宝物を手に入れたのです。

 宝物は、道化師のサイコロという物で、それを持つ者は世の中の理を引っ繰り返すことができるという物でした。

「なんだこれは、こんな物がなくても、宝物を探す内にあらゆる城を攻め落とし、私が世界の王になってしまった。私がこの世界の理。引っ繰り返されてたまるものか!」

「ああ、そんなことをしてはいけません」

 傍らにいた侍女の忠告も聞かず、王様は腹立ち紛れに、そのサイコロを放り投げてしまったのでした。

本当の宝物

 床の上でコロコロと転がっていたサイコロが止まった時、それを眺めていた王様と侍女は世の中の理が引っ繰り返ったのを感じました。

 外に出てみると、立派だった城は朽ち果て、王様の家臣も、国民も、誰も居なくなってしまっていたのです。

 その時、初めて王様は動揺しました。

「家臣と国民を失って、私は何者だというのだ。私は、私ですらないではないか」

 王様の様子を見詰めていた侍女が言いました。

「大丈夫です。わたしが、あなた様を見詰めております。だから、あなた様は何者でなくとも存在しています」

「おおっ!」

 王様は、侍女の言葉に深い感銘を受けました。でもしかし、王様の心には釈然としない気持ちがくすぶっていたのです。

「それでは、そなたなしでは、わたしは存在し得なくなってしまう」

 見かねた侍女が言いました。

「それならば、あなた様自身で、あなた様自身を見詰めていればいかがでしょうか」

「おおっ、なんと素晴らしい。それこそが、この世で最も素晴らしい宝物じゃ!」

 その時、王様の心の中で、何かとてつもなく素晴らしいものが確かに輝いていたのです。

 どうやら、老賢者の言ったように、朽ち果てた城の中で、王様はこの世で最も素晴らしい宝物を見付けたようです。

 ただ、それが何であったのかは、誰も知ることはできません。

 何故なら、家臣も国民も国もなくなった大地から、国王でも侍女でもなくなった男と女は何処かに連れ立って旅立ち、そこには何も無くなってしまっていたからです。

おしまい。


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