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ヘリ空母(アマガエル)が正規空母(殿様ガエル)でなくて「なん」なのか?〔続・2〕

 ※-1 正規空母である「いずも型空母」の登場

 本稿〔続・2〕は,10年以上も前「2013年8月25日」に公開されていた記述であったが,その間,経済していたブログサイトの閉鎖などがあって,未公開の状態になっていた。

 しかし,最近になって日本国防衛省の海上自衛隊が当時までは「ヘリ空母」として建造した護衛艦「かが」を-同型艦として「いずも」も保有-本格的な正規空母に格上げする改修(艤装:装備強化)が進んでおり,近いうちには実戦用に配備されるみこみである。
 
 付記)冒頭の画像は護衛艦「いずも」が進水した直後の画像。
 付記)「本稿」および「本稿〔続・1〕」は,次段にリンク先住所を指示してある。

 本稿は,副題的な表現を工夫するとしたら,「『ヘリ空母が護衛艦というなら,虎は子猫である(2) 』といっておけばよい」のでは,という具合に当該論点の核心を捕捉している。

 付記)「本稿」および「本稿〔続・1〕」のリンク先住所は,以下となっている。できれば,こちらもさきに目を通してもらえれば好都合である。

 ⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/n4866c3f869ca
 ⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/n9817ba45b571

「本稿」の前編と前々編のアドレス

 だが,ヘリ空母が「空母として本式の通常型」に性能諸元的に変更・向上させるという改修工事は,かがやいずもがヘリ空母として建造された時点から,実は海上自衛隊としてはもくろんでいなかったわけではない。

 というよりは,もちろんのこととして,そうした「蝉変」願望が当初から秘められていたことも確かであった。ただ,2010年代の以前までの世相に向けては,ヘリ空母を正規空母に艤装・改修させる企図が露骨に表明されることはなかった。

 しかし,安倍晋三の第2次政権が2012年12月26日に発足してからというもの,「空母を保有するならやはり本格型の空母:正規空母」にしておかねばネ,という海軍軍人たちの生来の発想は,より露骨にという意味で,かなり正直に表白されだした。

 「いずも型空母」としての軍艦の規格は,その船舶としての寸法・規模に照らしてすでに「正規空母」たる大きさ:容れ物になっていた。ここではつぎの図解を再度かかげておき,以上の記述理解の助けにしてみたい。

 まず「いずも型空母」が載っていない「世界各国の空母比較」の図解を挙げる。ここに出ている海上自衛隊の艦艇(護衛艦)としての空母は「ひゅうが型空母」であった。こちらの空母は別の表現を充てると「軽空母」の艦船といってよく,つまり,ヘリの運用ならば十ニ分に「向いている」と理解してよい。

世界各国空母比較図

 つぎは「護衛艦ひゅうが」よりも大型化し,本格的な正規空母に必要かつ十分な大きさ:規模の艦艇として建造された「護衛艦いずも」を,とくに戦艦大和の全長と比較する図解である。

戦艦大和と比較対照した空母「いずも」
これをヘリ空母であるとしか認めない人は軍事オタクに
小バカにされる

 第2次大戦中にはすでに,空母の飛行甲板などにカタパルトを装置し,利用されていた,そのくわしい説明はつぎに譲るとして,いずも型空母は艦載機を動力を補助に使い発出させる装置は,なお未装備である点のみ断わっておく。

 しかし,それなりの予算と時間と技術をかければ,カタパルトがどの程度の水準のものを装備するにせよ,いずも型空母がカタパルトを艤装することはとくにむずかしい問題ではない。

 空母がカタパルトなしで戦闘機を離艦(着艦のしかたはひとまず別として)させるために必要な飛行看板の長さ(距離)は,最低でも200メートル必要だとされるが(これは艦載する機種によって差がある),安全を観れば280メートルは余裕でほしい。

 その長さが,空母が艦載機を離艦させるための十分な基本条件だとすれば,「いずも」の飛行甲板は長さ245m×幅38mであり,「ひゅうが」型の長さ195m×幅33mに比べて格段に大きくなった点に,ひとまず注目していい。

 とはいえ,このいずも型空母の場合,戦闘機としては垂直に離着艦できるハリアーⅡ型の後継機,垂直離着陸攻撃機(より正確には,STOVL〔 short take-off and vertical landing〕タイプ,短距離離陸・垂直着陸)であるF35Bを,運用する目的で,換言するとを,飛行甲板の耐性を強化するための改修工事をおこなっていた。

 また,いずも型空母はカタパルトは装備しないので,もとよりアメリカ海軍のミニッツ級原子力・大型空母にまで,比較する余地はない。しかし,いずも型空母が本格的な正規空母の驥尾に付いた点は,事実として観るとき,海上自衛隊の立場としては念願がかなったということで,それなりに内部事情的的には慶賀すべきことがらであったと推測しておく。


 ※-2「ヘリ空母で守る日本国の意味はなにか」

 ここでの話題は最初,2013年時点での議論であった。だが,この着目点は10年後のいまの「2023年における日本の防衛問題」として,すなわち,敵基地攻撃能力(反撃能力)を認めた,この国の「戦力自己認識」を踏まえた議論にすることを要求している。

 補注)『防衛白書』2023年版における「〈解説〉反撃能力」は,つぎの記述を参照されたい。
 ⇒ https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2023/html/nc007000.html

 つまり,その「ヘリ空母」の存在が現在に至った時点では,「正規空母」の整備・保有になったのだから,この海上自衛隊が保有する戦力:兵器の実力(強力)水準を当然の前提にした議論が要請される。

 しかし,この「本稿〔続・2〕」はまだ,「アマガエル」⇔「ヘリ空母」そのもの段階において議論している。

 「本稿」を,本稿そのものとして「最初の記述」を公表した「2023年11月27日の記述」(#)のほうで,そのアマガエルが「殿様ガエル」⇔「正規空母」に変身してきた諸事情については,前もって議論していた点を断わっておき,本日の本論として準備されていた記述部分に進むことにする。

(#)の住所はこちらとなる。
   ⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/n4866c3f869ca

 「本稿」は「続・4」まで記述が続くが,その要点は, 日本国自衛隊にとって有する「ヘリ空母の意味」,そしてこの空母が本格的な正規空母に改修されており,もうすぐ実戦に対応できるかたちで配備される,という関連の事情を踏まえた議論のなかで言及する。

 「その間」における時間経過,というのは,この記述じたいを更新してきた期間が「いつの間にか10年にもなった」ということで,当初にめざした議論の狙いがより鮮明にとりあつかいうる時期になった。

【参考記事】-いずも型空母の同型艦「かが」に関する報道-


 ※-3 天皇制と日米軍事同盟の合体的な歴史関係を清算できるのか?

 本日のこの記述についてはさきに主に,どのように論点をとりあげつつ議論するかについては,つぎのような流れになる点を提示しておきたい。

 まず,ヘリ空母「論」そのものに関する議論。

 つぎに,憲法「改定(改正)」を唱える自民党の応援団放送局,フジテレビの自衛隊「ヨイショ」番組の批評。

 さらに,「〈社説〉秘密保全法案 権利の侵害は許されぬ」『朝日新聞』2013年8月25日朝刊を吟味する討議。

 くわえて「〈朝日・東大谷口研究室共同調査〉改憲・集団的自衛権行使,有権者の『賛成』減少」『朝日新聞』2013年8月25日朝刊という解説記事の詮索。

 最後に,井上寿一「読書2〈半歩遅れの読書術〉日本と国際秩序 アジア太平洋地域の協調」『日本経済新聞』2013年8月25日朝刊の論評。

 以上の構成でもって以下に記述する中身は,要は10年という時間が経ったけれども,いまだにこのような議論が専門家の領野でもまだ半熟状態のまま,いいかえると,素人のわれわれに理解しやすいように噛みくだいて説明が的確に与えられていない。

 1) ヘリ空母「論」

  a)「ヘリ空母解説」
 まず,清谷信一(軍事ジャーナリスト,作家)の議論を聞きたい。とりあげる記述は,「22DDHは護衛艦=駆逐艦か?(上)-実態は「ヘリ空母」-」『WEBRONZA』2013年8月2日である。

 補注)つぎの画像2葉は,「平成25年度 護衛艦『いずも』の命名・進水式に参列」『公益財団法人水交会横須賀支部』(通称 「横須賀水交会」)
https://y-suikoukai.sakura.ne.jp/page13/1308/resize0335.jpg から。このいずもの進水式は,2013年8月6日に執りおこなわれた。

進水式の様子
 
進水後海面に浮かんだ「いずも」

 2013年8月6日の話となる。清谷信一は,海上自衛隊最大の「護衛艦」である22DDH(ヘリ空母の3番艦〔⇒「いずも」のこと〕)を進水した事実を踏まえて,こう論評していた。

 22DDHは2010〔平成22〕年度に建造され,1万9500トン型護衛艦とも呼ばれている。DDHとはヘリコプター搭載護衛艦という意味であるが,略号をみれば諸外国でいうヘリコプター搭載駆逐艦である(Destroyer Helicopter:Dがふたつ重なるのは慣例であり,DDであれば汎用護衛艦=汎用駆逐艦,DDGであればミサイル護衛艦=ミサイル駆逐艦を指し,略号をみるかぎり22DDHは「ヘリコプター駆逐艦」ということになる。

 だが,22DDHは,イタリア海軍のカブールやスペイン海軍のファン・カルロス1世などのいわゆる汎用ヘリ空母に性格が近く,これを駆逐艦と称するのは問題がある。10トントラックをセダンと呼ぶようなものである。

 22DDHは,現用のDDH「しらね」の後継(3番艦)として建造され,基準排水量は1万9500トンで海上自衛隊の護衛艦中,最大である。すでに就役している16DDH,ひゅうが級の1万3500トンよりも大きい。

 補注)つぎの画像資料をその比較材料にしてみれば,清谷信一がいわんとする点は,ある意味以上に「いわずもがな」的に明々白々である。

〔記事に戻る→〕 22DDHは,各国の空母や強襲揚陸艦同様に全通式の飛行甲板を有し,運用するヘリコプターは,ひゅうが級が哨戒ヘリ3機,救難輸送ヘリ1機の計4機に対して,哨戒ヘリ7機,艦上輸送ヘリなど2機の計9機と,2倍以上のヘリコプターである。

 また,駐機スポットはひゅうが級が4カ所に対して,5カ所(別に艦橋前に1機駐機可能)で,同時にヘリ5機の発着が可能である。エレベーターは甲板前部中央には20×13メートルのものがあり,左舷艦橋後部には15×14メートルのものがある(最大30トン弱の運用が可能)。

 後部のエレベーターは艦橋のうしろの甲板端に裁ち切り型で設置されているため,エレベーターの面積より大きな航空機,たとえば陸上自衛隊の大型ヘリ,CH-47などを昇降することも可能である。

 災害派遣などのヘリと車輛などを混合したパッケージ例としては,艦内デッキにUH-60Jを3機,C-47を3機収容,飛行甲板に車輛3.5トントラックを35輛搭載できる。ひゅうが級にはない他の艦への給油機能も有している。

 給油用燃料の容量は航空用燃料と併せて3,000キロリットルとなっている。ただし,航空用と艦艇用の振り替えは自由にはできず,比率を変える場合は工事が必要である。手術室と病室は35床を備えており,長期的な宿泊が可能な収容人員は450名(ひゅうが級は100名)。

 22DDHはひゅうが級同様に旗艦として,艦隊の高い指揮能力,多数のヘリコプターを運用でき,これによる高い対潜水艦戦能力を与えられており,災害派遣や海外での人道援助などにも対応できる。これら能力はひゅうが級を大きく凌駕している。さらに,多くのトラックなど輸送や艦隊への補給が可能となったために,揚陸作戦にも大きな力を発揮し,洋上での基地機能も付加されている。

 しかし,武装面でみた22DDHは,ヘリコプター以外の攻撃手段をほとんどもっておらず,諸外国の多目的空母,あるいは多目的強襲揚陸艦に近い性格があるといえる。DDHとはヘリコプター駆逐艦である。22DDHがこの略号を採用しているのであれば,「駆逐艦」ということになる。ひゅうが級は搭載兵装をみるかぎり,まだ「駆逐艦」といえなくもないが,22DDHを「駆逐艦」と強弁するのは常識的に考えれば無理がある

 補注)その後,この「いずも型護衛艦」は艤装・改修工事をおこない,艦上(飛行甲板)から離着陸可能な垂直離着陸攻撃機を搭載・運用できる『護衛艦』という名のままで,ヘリ空母としての軽空母から,いってみれば中型の本格的な正規空母に衣替え,つまり脱皮した。

 換言して分かりやすくいえば「化けた」のである。もっともその化け方は,薄化粧が念入りにメークした程度の発展ぶりであって,格別「特筆大書」するほどの変化ではない。ただし,護衛艦という自衛隊的な用法・単語は,なおも違和感だけを抱かせるが……。

  b) 日本独自の軍艦分類
 防衛省海上自衛隊の説明によれば,「護衛艦」という名称は日本独自であり,その名称は訓令で決まっている。

 自衛艦(自衛隊の艦)の大分類では警備艦に当たり,さらに中分類では機動艦艇に該当し,機動艦艇は護衛艦と潜水艦の2艦種しかない。つまり,戦闘艦は水上戦闘艦である護衛艦と,水中戦闘艦である潜水艦しか分類は存在しない。自衛隊に「空母」という艦種は存在しないから,22DDHは護衛艦である,という論法になる。

 だが,この理屈は,北朝鮮やかつてのソ連が「社会主義国たるわが国には乞食はいない」と強弁するのと同じ論法である。これが通るならば米国から原子力空母を購入しても護衛艦=駆逐艦となるが,これは《詭弁》でしかない。

 戦車をブルドーザーに分類するならば,武器でなくなり,簡単に輸出ができるという理屈になる。22DDHの基準排水量は約2万トンもあり,DEの「あぶくま」型の10倍も違いであっても,「駆逐艦」と呼ぶというのが「防衛省の流儀」である。

 註記)以上,清谷信一「22DDHは護衛艦=駆逐艦か?(上)-実態は「ヘリ空母」-」『WEBRONZA』2013年8月2日参照。
 ⇒ http://astand.asahi.com/magazine/wrpolitics/2013080100004.html?iref=webronza

 補注)「DEの『あぶくま』」型について説明しておきたい。この同型艦の1番艦として建造された護衛艦「あぶくま」は,昭和61〔1986〕年度計画 1900トン型乙型護衛艦1229号艦として,三井造船玉野事業所で1988年3月17日に起工,1988年12月21日に進水,1989年7月27日に公試開始,同年12月12日に就役した。舞鶴地方隊第31護衛隊に編入された。

  c)「ヘリ空母の艦名」
 「海自ヘリ空母22DDHは『いずも』に,進水式前に艦名が発覚〔判明という意味か?〕2番艦は『やまと』?」と指摘するブログの記事もみうけられた。「事実上のヘリ空母であるヘリコプター搭載護衛艦22DDHの艦名が『いずも』とはいいセンスをしている」と褒めるこの記述は,こうもいっていた。

 「22DDHの前級である『ひゅうが』型DDH2隻は『ひゅうが』『いせ』と古代日本の地方国名からとられている。いずれも古代日本の重要な舞台だ」。ということで,「その続きが『いずも』と」と艦名が付けられれば,「同型艦も建造されている」「2番艦は『やまと』となるのか?」などと詮索している。

 註記)「海自ヘリ空母22DDHは『いずも』に,進水式前に艦名が発覚 2番艦は『やまと』?」 『朝日将軍の執務室』2013年7月18日,http://asahisyougun.iza.ne.jp/blog/entry/3133890/ より。


 ※-4 憲法「改定(改正)」を唱える自民党の応援団放送局,フジテレビの自衛隊「ヨイショ」番組

 昨晩〔ここでは2013年8月24日〕のフジテレビは,自衛隊の全面的な協力をえたらしい番組を編成・放送した。要は,これまでよく組まれてきた番組である「警察(各県警)ヨイショ」番組によく似た,「自国軍隊=自衛隊」ヨイショ番組が,あらためて放送されたという印象である。

 潜水艦の内部までも,その「マズい艦内の箇所」にはすべて,ボカシを入れながらだったが,紹介していた。その間,潜水艦が急浮上し,海上に艦首を飛び出す様子を移した「5~6秒」映像を,なんども繰りかえし・繰りかえし流していた。

 戦車とタレントを競争させて「戦車に勝たせたり」,「戦闘機の空中給油」(この肝心な場面はアメリカ軍の実像を借りて放映)などの紹介していた。もうひとつ,これも頻繁に繰りかえし強調されていたのは,自衛隊の「秘密(機密)」ということばである。

 フジテレビグループの筆頭「株式会社フジテレビジョン」のことであり,それも体制派の代表格でもある放送局であることから,日本国の防衛政策に全面的に協力する姿勢を採ることは,申すまでもなく,既知のことがらであったともいえる。

 この番組は「自衛隊・防衛省,日本国国防」の問題に関して,国家側に非常に都合のいいように,「国民に対する洗脳作業」を狙っていた。こう受けとめてみたら,もっとも妥当な理解になるはずである。

 前述のようにとくに,その番組のなかで自衛隊の装備のことになると,「ここは・これは,秘密! 秘密! です」と強調する場面が,なんども出ていた。ここで,昨日の新聞報道からつぎのニュースを引用しておく。

 1)「国の機密漏洩,最長懲役10年 秘密保全法案,厳罰化-特定秘密保護法で罰則が強化される-」『朝日新聞』2013年8月24日朝刊

 安倍政権は秋の臨時国会に提出する秘密保全法案で,国の機密情報を漏らした公務員らへの罰則を最長で懲役10年とする方針を固めた。対象となる情報は防衛や外交など安全保障に関する4分野で「特定秘密」と指定されたもの。同盟国の米国などと情報共有を進める必要があるため,漏洩に対して厳罰化を図る。

 政権は外交・安全保障の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC,アメリカには国家安全保障会議:National Security Council がある)を1月にも設置する方針で,あわせて秘密保全のための法整備を進める。法案名は「特定秘密保護法案」とし,指定された特定秘密をとりあつかう国家公務員を制限したうえで漏洩した場合の罰則を盛りこむ。

 特定秘密は「防衛」「外交」「外国の利益を図る目的の安全脅威活動の防止」「テロ活動防止」の4分野ごとに別表で列挙。漏洩すれば安全保障上に「著しく支障を与えるおそれがある」情報について,所管省庁の大臣らが指定する。罰則については,特定秘密を漏らした国家公務員が最長で懲役10年。

 さらに民間人でも,特定秘密を得るために(1)人をだまし,暴行を加え,脅迫する,(2)窃取,(3)建物への侵入,(4)不正アクセスといった行為をすれば懲役10年となる。また,公益上の理由で行政機関から特定秘密をしりえた契約業者などが漏らした場合には懲役5年とする。

 懲役10年は,米国から供与された装備品情報に関する「日米相互防衛援助協定(MDA)等に伴う秘密保護法」違反並みの重罰で,国家公務員法の守秘義務違反(懲役1年以下)よりはるかに重い。行為が未遂にとどまった場合やそそのかし行為にも罰則を設ける。

 こうした法整備には,国民のしる権利や取材の自由,プライバシーの保護に抵触しかねないとの懸念がある。そのため法案には,拡大解釈による基本的人権の不当な侵害を禁じる規定も盛りこむ方向だ。

        ◇ 特定秘密保護法案のポイント ◇

 1 我が国の安全保障に支障を与える恐れがある情報を「特定秘密」に指定。
  2 対象は防衛,外交,外国の利益を図る目的の安全脅威活動の防止,テロ活動防止。
  3 「特定秘密」のとりあつかいは適性評価をクリアした者に限る。
  4 特定秘密を漏らした国家公務員や不正入手した者は最長で懲役10年の処罰。
  5 拡大解釈による基本的人権の不当な侵害を禁止。

特定秘密保護法案

 このポイントのうち最後の5は,とって付けたような条項である。「基本的人権」とは,絶えず真っ向から対立せざるをえないのが,この種の「国家機密法」の,しかも歴史的に普遍する,また現在的にも妥当する「本質的な問題性」である。それなのに,あたかも国家が基本的人権を守りながら,「この法律」を犯す者があれば刑罰を科するのだという論理は,まことに奇妙な理屈である。

 基本的人権の問題はむしろ,国家側の機密法に対しては対立する論点として突きつけられることが,通常は大前提になる。ところが,初めから基本的人権を配慮に入れた機密法だというこの案文は,その企むところにかなり怪しい中身があると踏んでおいたほうがよい。

 機密法のなかにとりこんだ基本的人権などは,これを期待するほうが間違えている。機密法は基本的人権など無視したい法律であることをしっている人であれば,このような発想はたやすく導き出せるはずである。

 刑罰が異様に重たいことじたい,この機密法が,国家による基本的人権〔にもとづいて,あるいは確信して行動し,この法律に歯向かおうとする人びとの行為〕を,いとも簡単に蹂躙できることは,歴史もつねに教えてきている真理である。

 2) ある弁護士の批判と警告

 2012年6月1日 の時点で,「国家機密法の再来を許すな」という一文を書いていた弁護士の鳴尾 節は,こうした機密法の問題点をつぎのように整理している。こまかい議論は紹介できないので,項目「見出し:文句」だけ拾っておく。

  a) これは国や国民の運命を左右する重要な情報から主権者たる国民を遠ざける。
  b) 広範な犯罪類型と重罰化を狙ったものである。

  c) 広範な国民のプライバシーを侵害する。
  d) 国民主権主義と基本的人権を侵害する。

  e) 秘密は国民の運命を狂わせる,戦争への一里塚である。
  f) 議会制民主主義と国会審議を空洞化し,暗黒裁判を再来する。
  (参考:石破 茂自民党幹事長〔防衛続議員〕は軍法会議の設置を自衛隊について主張している)

  g) 結論:「日米軍事同盟が問題の根源」にあるとみなければならない。

 「今回の秘密保全法制」の動きについては,「特定秘密保護法案」という名称のうち〈特定〉という文字に注目したい。いかにも「特定の例外」事項に関した法律案であるかのように,その名称が表現されている。国民総背番号制を「マイナンバー制度」と呼ばせているような,「いいかえのカラクリ」に似た工夫がなされている。

 まさに日米両政府間の合意文書の国内法整備にその本質である。つまり,国家意思として政権交代があろうが,日米軍事同盟の深化のために米軍の世界戦略の再編強化に呼応して,その一環として秘密保護法制を強化し整備するというのである。つまりは,アメリカの戦争政策に呼応する国内体制のひとつが,この秘密保全法案なのである。

 結局,秘密保全法案は,アメリカの戦争政策に追随するためにアメリカ=日本の国家機密を国民から遠ざけ,国民の耳と日とロとを塞いで,その戦争準備政策を円滑に遂行しようとするものにほかならない。

 ちなみに新防衛計画大綱では,情報収集能力・分析の向上と,各府省間の緊密な情報共有と政府横断的な情報保全体制を強化すると述べており,これは現在の秘密保全法案策謀の動きと完全に一致している。きわめて危険な動きであり,これを国民的な運動で葬り去らねばならない。

 註記)以上の解説に関してその各項目を,さらに詳しく読みたい人は,つぎを参照してほしい。
  ⇒ http://www.tobu-law.com/bengosi/archives/24

 われわれはここで,イギリスの作家ジョージ・オーウェルが小説の作品として1949年に刊行した『1984年』を思い出しておく必要がある。この小説のなかに登場する “ビッグ・ブラザー” の権能は超越的・絶対的であったが,国家機密法はこの小説に描かれている政治の世界:「完全監視社会」を理想とする。  

 戦前・戦中の大日本帝国にあっては,軍国・兵営国家体制にあって,すべてのモノが戦争遂行目的につなげられるという性格をもたざるをえなかった。そのせいで,戦争中には天気予報が放送されていなかったのは,その分かりやすい実例になるが

 そのほかのごく日常的な文物についても,あらゆるモノがいちいち「秘密,秘密・・・だから・・・アレもこれも,ヒ ミ ツ!」という世界になっていた。つまり,同じ帝国臣民同士であっても,「壁に耳あり障子に目あり」の用心をすべきだという世界が作られていた。

 戦争中は,大地震の被害さえまともに報道されなかった。その事実が敵国に判明したら,かえって「敵を利する」から,それ以前に国民たちにもおしえないという報道管制が命令されていた。

 ふだんから戦争・有事的の事態に世の中に近づけば近づくほど,なんでもかんでも「秘密の情報」になっていく。このことは,戦争の時代に嫌というほど思いしらされてきた。その意味でいえば「『秘密保全法案』は戦前の治安維持法と同類! 戦争法制でもある。国民の主権は有名無実になる」(註記)といっていいのである。

 註記) 「『秘密保全法案』は戦前の治安維持法と同類! 戦争法制でもある。国民の主権は有名無実になる。」『【じごく耳】基本的人権は~現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである』2013年04月11日,https://blog.goo.ne.jp/hita-no/e/9d0093ff6e66f31dd47176bec5d152a3
 

 ※-5「〈社説〉秘密保全法案 権利の侵害は許されぬ」『朝日新聞』2013年8月25日朝刊

 安倍政権〔当時〕は,秋の臨時国会に秘密保全法案を提出する。日本版NSCと呼ばれる国家安全保障会議の発足に向け,情報管理の徹底をはかる狙いだ。「防衛」「外交」「テロ活動の防止」などの分野で,国の安全保障に重大な支障を与える恐れがある情報を「特定秘密」に指定する。これを漏らした国家公務員らへの罰則は,通常の守秘義務違反より重い,最長10年の懲役が科せられる見通しだ。

 しかし,この法案にはあまりにも問題が多い。まず,特定秘密の適用範囲があいまいなことである。秘匿する情報は法案の別表に列記されるが,基本的な項目にとどまるとみられる。特定秘密を指定するのは,所管官庁の大臣など「行政機関の長」。

 大臣や長官が指定を乱発する懸念も拭えない。テロなどに関連すると判断されれば,原発の安全性や放射能の情報まで秘匿されることになりかねない。国民にしられたくない情報を,政権が恣意的に指定する恐れすらある。

 見逃せないのは,特定秘密をしろうと働きかける行為も「漏洩の教唆」とみなされ,処罰対象となりうることだ。報道機関の取材を制約し,国民のしる権利の侵害につながりかねない。

 法案には,拡大解釈による基本的人権の侵害を禁ずる規定を盛りこむ方向だが,人権侵害に当たるか否かを判断するのは国であり,その実効性は疑問といわざるをえない。

 秘密保全の法制化は,3年前の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件のさい,海上保安庁撮影のビデオが流出したのを機に検討が始まった。テロ情報などを米国との間や政府内で共有することが必要な時代になり,情報管理に万全を期すことは当然だろう。だが,この法案では国の裁量が大きすぎて,歯止めがきかなくなる心配がある。

 現行の国家公務員法には守秘義務があり,防衛分野ではすでに一定の秘密保全制度が整備されている。まずは,これらを厳格に運用していくことが第1ではないか。「ひとたび運用を誤れば,国民の重要な権利利益を侵害するおそれがないとはいえない」

 秘密保全法案に関する政府の有識者会議が,2年前にまとめた報告書の一節である。このような異例の指摘が盛りこまれたことじたい,この法案のもつ危うさを示しているといえないか。

 以上の社説を読んだところで,かつて1985年の第102通常国会で,自民党所属議員が衆議院に議員立法として提出した『国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案』を思い出した。この法案は,第103臨時国会で審議未了廃案となった法律案であった。

 通称「スパイ防止法案」といわれていたその法律「案」であった。このとき,当時の野党であった公明党は,断固反対を主張していた。さて,今回の機密保全法案に対して公明党は,どういう態度を採りうるか(?),大いに見物である。

 この種の機密法が日本で提示されるとき必らず強調されるのは,つぎのような説明である。

 --現在の日本には「スパイ活動そのものを取締まる法律」が存在しない。そのために「スパイ活動事件」が取締まれず,国家に重大な不利益・打撃が生じているということである。

 制定賛成派は,この現状を「スパイ天国」と揶揄してきた。なおスパイの黒幕は,ほとんどの場合,大使館の書記官や駐在武官,つまり外交特権保持者なので逮捕はできない。

 そのさい可能なのは,ペルソナ・ノン・グラータ(ラテン語:Persona non grata「好ましからざる人物」の意)通告で “退去・帰国お願い” をすることだけである。

 さらに対象は,ロシア(旧ソ連が社会主義国であったときの国家名)・中国などの“仮想敵国”のみで,アメリカ中央情報局やイギリス情報局秘密情報部など友好国の活動はいっさい咎められない。

 今回〔2013年〕「特定秘密保全法」案の提出が,やはり自民党によってめざされている。

 註記)http://ja.wikipedia.org/wiki/国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案 参照。

 この「ペルソナ・ノン・グラータ」に関する説明を聞いて,そだとしたら日本は「イギリス・アメリカ」の《いったい,なんなのだ?》という疑問が湧いてくる。

 昔,青島幸男が国会議員を務めていたとき「総理(佐藤栄作)は財界の提灯もちで,男めかけである」と一刀両断し,大いに物議をかもしたことがあった。これを真似ていえば,日本は米英の国家的めかけであるという類推が成立する(!)といわれて,当然……。

 日本国の外務省では,事務次官になるよりも駐米大使になれた官僚のほうが「格上」だと評価され,実質的にそのような人事の采配がおこなわれているのは,「アメリカの属国である日本」の悲しい光景の一例。

 

 ※-6「〈朝日・東大谷口研究室共同調査〉 改憲・集団的自衛権行使,有権者の『賛成』減少」『朝日新聞』2013年8月25日朝刊

  ◆ 憲法改正,集団的自衛権 減る賛成派 ◆

 安倍政権がめざす憲法改正や集団的自衛権の行使容認に対し,政権発足時に比べて有権者の賛成度が下がっている。朝日新聞社と東京大学 谷口将紀研究室の共同調査で分かった。

 賛成派は依然多いが,積極姿勢をとる政権や参院選当選議員とは対照的に,有権者の理解は広がっていない調査は,昨〔2012〕年末の衆院選後に回答した有権者1,890人が対象。意識の変化を探るため,先月の参院選後に調査票を送り1,540人(81%)から回答をえた。

 改憲に「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えた賛成派は44%。「反対」「どちらかといえば反対」と答えた反対派(24%)を上回ったが,衆院選時(51%)から7ポイント下がった。参院選比例区で自民に投票した人に限っても,賛成派は58%で,参院議員全体の賛成派(75%)とは大きな開きがある。

 さらに,改憲の発議要件を衆参の3分の2から過半数に緩和する96条改正では賛成派はより少なくなり,31%にとどまった。議員の賛成派は52%だった。

 また,集団的自衛権の行使容認の賛成派は39%で,衆院選時の45%から6ポイント下がった。安倍晋三首相は参院選の大勝後,議論を加速させる方針を示し,行使容認に前向きな小松一郎駐仏大使を内閣法制局長官に起用。

 しかし,有権者にはこうした政権の姿勢と温度差があることがうかがえる。原発再稼働は反対派が6ポイント増の43%にのぼり,28%の当選議員とは15ポイントの開きがあった。

 

 ※-7 井上寿一「読書2〈半歩遅れの読書術〉日本と国際秩序 アジア太平洋地域の協調」『日本経済新聞』2013年8月25日朝刊

 1) 井上寿一が言及した加藤典洋

 昨〔2012〕年の衆議院選挙と今〔2013〕年の参議院選挙を経て,現政権の安定度は高くなっている。首相は改憲論者で自民党の「タカ派」である。いよいよ憲法改正が近づく。近隣諸国関係の悪化が進む。そう予測する向きもあった。

 ところが実際は違った。改憲論はトーンダウンしている。首相は8月15日の靖国神社参拝を見送った。なぜ安倍晋三首相をもってしても憲法改正や8月15日の靖国神社参拝は困難なのだろうか。

 補注)『朝日新聞』は,その後8年近くも経つ2021年5月28日になっての報道であったが,こういう書き出しで始まる記事を書いていた。

 2013年12月26日,首相の安倍晋三の靖国神社参拝を受け,米政府は異例の表現で参拝を非難する声明を出す。

 「日本は大切な同盟国であり,友人です。しかしながら,日本の指導者が隣国との緊張を悪化させる行動をとったことに,米国は失望している」

 「米国は,首相が過去への反省と平和に対する責任の再確認を表明するか注視している」

 首相官邸を揺さぶったこの声明について,多くの日本政府関係者は「バイデン副大統領が主導した」と証言する。日米同盟重視を日本外交の基軸にかかげる安倍にとって,思いがけない米国の強い反発だった。

 註記)「靖国参拝,安倍氏の強行と封印 『失望』米声明の裏で」『朝日新聞』2021年5月28日 7時00分,https://www.asahi.com/articles/ASP5P4R1GP4NUTFK00S.html

『朝日新聞』2021年5月28日

 当時,安倍政権に射した「アメリカの影」を指摘していた論者がいる。アメリカにとって日本は,アメリカの覇権を支える従属的な国でありつづけなくてはならない。

 改憲による日本の自立と近隣諸国関係の緊張による東アジア安全保障環境の不安定化は,アメリカの国益を損なう。この日本国における「愛国」とは,けっしてアメリカを批判しない。すべてはアメリカしだいということになる。

 このような日本の対米従属関係は,メディアも触れるのを避けたがるタブーになっている。そう批判する論者もいる。そんなことはない。すでに四半世紀以上も前に加藤典洋『アメリカの影』(講談社文芸文庫)がタブーを暴露しているからである。

 「アメリカに依存している,アメリカなしにはやっていけないということが,いまやぼく達のタブーとなっている」

 タブーをタブーと思っていない人もいた。当時ある外交当局者は対米従属を正当化して述べている。「われわれは十分な武力をもたずして,アメリカの武力を利用しているのであって,これほど自主的な外交はない」

 この「対米従属という自主外交」路線は,核武装を含む自主防衛論を抑制し,近隣諸国関係の悪化を緩和するうえで有用だった。

 いま,この本〔加藤典洋『アメリカの影』〕が読むに値するのは,タブーの暴露以上に重要な論点を指摘しているからである。対米依存の弱さの自覚から出発する。この弱さのみじめさとつらさの感覚は,「親米」対「反米」の対立を超えて,もうひとつの日本の可能性を導く。

 補註)白井 聡『永続敗戦論』太田出版,2013年3月が話題になっているが,議論の大筋は加藤典洋と同じ趣旨であると解釈していい。

 「日米同盟強化による民族独立」や自主防衛路線とは異なる,もう一つの可能性とはなにか。国連・東アジア・日米の重層的な国際安保秩序の形成に関与する。アジア太平洋地域に協調のネットワークをはりめぐらす。日本は国際秩序に対する責任分担意識をもつ。

 そうなれば対米従属の問題は問題でなくなる。日本は先進民主主義国として真に自立した国になる。これからの日本は新しい国の〈かたち〉を国際社会に向けて発信しなくてはならない。

 補註)しかし,そうした企図を実際に実現に向けて動きだそうとしたら,早速というかそれへの反動:妨害が,ただちにアメリカから起きて潰されたのが,2009年8月30日に発足した民主党政権において初の首相になった鳩山由紀夫の立場であった。

 このことは,いまもわれわれの記憶に新しい。日本に1人前の国家になってほしいといいながら,実際にそう努力しだすといつも叩きまくるのが,アメリカという国の基本性格である。それは,ペリー提督以来の米国の性癖であり,死んでも治らない国家体質。

 2) アメリカという宗主国を外せない日本国-乳離れ不可能?-

 歴史学者である井上寿一が披瀝した以上のごとき意見は,まっとうであった。ただし,加藤勝典洋(1948-2019年)が別著『可能性としての戦後以後』岩波書店,1999年のなかで

 「『日本人』をより開かれた範疇に変えていくために,いまわたし達に手渡されている『やり残しの宿題』とは,どのようなものか」

 「どのように,『日本人』を,『天皇』から切り離し,さらに,より開かれた範疇に,変えていくことができるか」(95頁),

などと自問していた点も忘れてはなるまい。     

 キャロル・グラック(アメリカ,コロンビア大学教授)は,「米国が,日本の記憶とシステムを『冷凍』していたから。そして日本にとっては,それが快適だった。おかげで天皇は象徴となり,民主的で平和な国家が続いている」と断わったうえで,さらに「安倍首相は『普通の国』になるために9条を変えることを欲するけれども,戦後体制の『ある部分』は変えたくない。それは日米官営です。民主党が試みて失敗したようなことはしたくない。安倍首相は,本当に戦後を変えたいのでしょうか」と問うていた。

 註記)キャロル・グラック「安倍政権と戦争の記憶,右傾化報道は極端 米国が支えた戦後『脱却』は本意か」『朝日新聞』2013年8月20日朝刊「オピニオン」欄でのインタービュー記事から。

 ここまで記述ですでに,議論の焦点は十分に明確になっている。誰のおかげで「いまの日本はあるのか」といいたげなのが,グラックの口調に聞こえなくもない。

 いうなれば,『天皇制度と日米関係の御破算』は,日本国にとって無理難題かもしれないが,これを克服できないようであれば,現状のままを甘受していく国であるほかない。ただし,アメリカ帝国はすでにローマ帝国と似た病状を発症している歴史の事実に鈍感でありうるかぎりでは,なんとか『許されつづけそうな話』であることが大前提になる。

 秘密保全法案が,現状における日米軍事同盟関係のもとで実現したりしたら,この法律は日本国のためではなく,アメリカ帝国のためにだけしか有用でない,こちら側の国家体制になりかねない。いつになったら「戦後は遠くになりにけり」といえるこの国になれるのか?

 早いところ,日本は「アメリカから本当に完全に独立しない」と,今後における日本国としては,ますます,未来に向けてまともに,自国の舵をとることができなくなる。

 以下の議論は,ブログ『内田 樹の研究室』「日本の文脈・アメリカの文脈」2013年5月23日,http://blog.tatsuru.com/2013/05/23_1617.html を参照する。

 --日本の政治家たちをあまりに長きにわたって「対米従属」下に置き,彼らに自主外交を許さず,国防についても,安全保障についても,エネルギーについても,食料についても,「指示」を下してきたことで,アメリカは結果的に「自力で外交戦略を考えることのできない国」を作ってしまったのである。

 そのなかから「アメリカの国益を配慮しているつもりで,アメリカの足を踏む」とんちんかんな政治家たちが輩出してきてしまった。いま,アメリカは深い悩みのうちにいる。

 もし,これでアメリカが強い指導力を発揮して,安倍一派を抑えこみ,「ウルトラナショナリスト」の跳梁を阻止したとしても,それはますます日本という国の「自浄能力」「自己修正能力」を損なうことになる。

 「困ったことがあったら,最後はアメリカが尻を拭ってくれる」から,自分ではなにも考えない,なにも判断しない,なにも改善しないで,ぽかんと口を開けてアメリカの指示を待つという国民性格がさらに強化されることになる。

 つまり,ここで強い指導力を発揮して日本政府の方向性を「修正してあげる」ことで,アメリカは「日本というリスク」をさらに高めることのなるのである。アメリカはいま苦しんでいる。(内田の参照終わり)

 この困った国のなかでまた,困ってしまう,おぼちゃま宰相が誕生していた。困った,困ったとばかりいってもいられないところが,辛かった。誰が,こんな首相の政権を選んでしまったのか?

 日本の民主主義の状態は,まだまだチョボチョボとでもいうべき未熟な段階で足踏みしているのか。1人立ちしていない国家であったために,安倍晋三程度の政治屋が首相になっていた,ということか?

 以上の記述は,2013年8月時点の議論・内容であったが,さらに補訂してもいる。ともかく,その後10年もの時が経過してきた。いまの「2023年12月になった時点」から回想できる「安倍晋三第2次政権の為政」は,この国の政治品質をひどく劣化させた “下手クソな国家運営” としか評価できない。


 ※-8 む す び

 安倍晋三は,2010年代における日本の政治になかに,衆人の記憶にとって「忘れられない負の実績」を刻みこんできた。つまり,「歴代首相のなかでは最悪に不出来かつ最凶の人物」であった事実を,みずからが「世襲3代目の政治屋」の立場から体現しつつ実証もしてきた。

 つまり,典型的な「世襲3代目の政治屋」であった安倍晋三は,たまたまだったと思いたいが,非常に残念な事実として「政治家になるため」に必要な資質をまともに天賦されていなかった。

 母方の祖父岸 信介は,総理大臣にまでなっていたが,孫の晋三を比較の対象にとりあげるのは僭越に過ぎた。父の安倍晋太郎は首相にはなれなかったものの,衆議院議員として農林大臣・内閣官房長官・通産大臣・外務大臣を歴任していた。

 要は,安倍晋三は第2次政権総理大臣になってから7年と8カ月という長期間維持してきたけれども,結果させえた成果といえば,「この国を破壊した」ことだけであったと総括できる。この晋三を,祖父の信介と父の晋太郎に比較してみる気分にはなれない。

 実をいえばこの安倍晋三は,いかにも「看板・地盤・カバン」の支柱が堅固に用意されていたから,選挙にはいつも当選できていた。ところが,当人の資質じたいは,この国全体に対して采配を振るえるような人材ではなかった。ましてや国際政治の舞台で1人前に使えるような人材でもなかった。

 このごろは(今日は2023年12月4日だが),この国のことを自国人であっても,情けないことに「衰退途上国」と呼ぶほかなくなっている。人によっては,この日本のことをさらに「すでに転落した国家」だとまで指称しだした。

 安倍晋三は2012年12月26日,再度首相の座に就いて組閣した第2次政権をに発足させた。しかし,その後にたどってきた「この国の内情・中身」は,「国家として評判」をどんどん落とすことにしか「能がない」政治過程を体現させていた。

 「カニは甲羅に合せて穴を掘る」といわれるが,まさに安倍晋三は小蟹そのものであった。自民党,そして野合政権を組む創価学会公明党は,これまで矮小な為政しかなしえなかったがゆえ,この日本国は政治も経済も社会も文化も落ち目一途の時代になった。

 佐藤建志の『右の売国 左の亡国』アスペクト,2017年という本がある。この佐藤の著作は副題を「2020年,日本は世界の中心で消滅する」と題していた。しかし,いまの「2023年の日本」であってもこの国の実態(実像)はすでに,世界の隅のほうに追いやられつつあり,実質的には辺境の国であるかのごとき様相を呈してはじめている。

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 「本稿 続・3」はこちら
  ⇒ https://note.com/brainy_turntable/n/nfa193cc56f42

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