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地理Bな人々(29) 大城先生① 地球カレンダー 

 お世話になった中島先生には申し訳ない気もするけれど,
「せんせい」という言葉を聞いて,僕が一番最初に顔を思い浮かべるのは大城先生だ。
 
 多くの中高生がそうであるように,中学時代の僕は「好きな科目 = 好きな先生の科目」だった。
 大城先生に社会科を教わるようになってから、それまで特に気に留めたことの無かった地理や歴史が大好きになった。 
 
 先生の授業は,トンネルを抜ける列車の窓から一瞬見える水平線の輝きと同じだった。
 
 授業中,僕のセンサーと先生の言葉がピピっと共鳴し,僕はその話をもっと聞きたいと思う場面にたびたび遭遇した。
ふいに訪れるその瞬間が楽しみで,僕は先生の言葉をひとことも漏らさないよう注意して聞いたものだった(居眠りしているクラスメイトも何人かいたけれど・・・)。
 
 歴史の授業の最初の時間に,大城先生は黒板いっぱいに長い線を引いた。
そしてこう言った。
 
「みなさん,地球が生まれたのは何月何日か※1知っていますか?」
 
 みな一瞬ぽかんとした。
質問の意味が分からず教室がちょっとざわついた。
僕たちは訳が分からないまま,10月11日,とか3月24日,とか言っているうちに皆が勝手に自分の誕生日を叫ぶようになり収拾がつかなくなった。
 
「あ,今,誰か正解を言いましたね。そう1月1日です。」
と大城先生は言った。
 クラス全員「え,何で?」という反応をした。
 
「もちろん地球の誕生日などだれにも分かりません。見た人はいないんですから。ですからここでは仮に1月1日ということにします。そして今は12月31日大晦日の夜の12時です。」
 
 先生は長い線の一番左に1/1と書き,一番右に12/31,と記した。
 
 さらに,目印となる短い縦線を何本か付け足しながら話を続けた。
 
「3月始めくらいに一番最初の生物が生まれた痕跡があるらしいんですが,まだまだ原始的な状態がながーく続いて,生物の種類が一気に増えたのが11月の中旬くらい※2と考えられています。そして,11月下旬ごろに,海で誕生した生物が陸上に進出します。人間はまだ生まれていません。皆さんの好きな恐竜が活躍していた※3のは12月中旬から12月26日くらいまでです。この頃はまだ地球上の大陸は全部1つに固まっていた※4らしいんですね。クリスマスの頃には恐竜がいたんですね。」

「人間はいつ誕生したんですか?」クラス委員の田村君が尋ねた。
「それはまだ正確には分かっていません。これから古い化石が見つかるかもしれませんからね。でも,このカレンダーでいうと,東アフリカで人類が誕生した※5のは,せいぜい12月31日のお昼過ぎくらいの話です。つまり,人類は地球カレンダーのうち,まだ半日くらいしか生きていないことになります※6。」

 先生は黒板の一番右端に窮屈そうに立っていた。
 クラスの大半がええっという声を上げた。
「さらに,これからみなさんが勉強する歴史の教科書に出てくるような,文字で記録されている出来事はだいたい4000年前くらいからです。これは大晦日の夜11時59分35秒くらいになります。このカレンダーでいうとチョークの粉一つ分ですかね。」
 そう言って先生は黄色のチョークに持ち替えて,線の一番右端に小さな点を打った。
「25秒。一瞬じゃん。」
「先生,見えません。」
「そうですね,一番後ろだと見えないですね。人間はまだ『チーム地球』の中ではさっき入部してきたばかりの新人部員なんです。ひよっこなんです。」と言ってニコリと笑った。
 クラスで一番声の大きい男子が25まで数えて「ハイ歴史終わりー。」と叫び笑い声が起こった。
 
 「その25秒をこれから1年かけて勉強していきますよ。」
 僕らは驚きとも諦めともいえないため息をつき,新しい教科書のページを開いた。
 
 今でも,その話を聞いた時の,頭の中のクラクラした感覚を覚えている。
 僕は,キャンパスノートの見開き2ページを大きく使って黒板を書き写し,秘かにこれを“OS(大城)地球カレンダー”と呼ぶことにした。 
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※1 地球が生まれたのは何月何日か
地球が誕生したのは約45.6億年前,宇宙が誕生したのは約137億年前と言われている。
 
※2 11月の中旬くらい
約5.4億年前。「カンブリア爆発」と呼ばれる,短期間で多様な生物が誕生する現象が起こった。
 
※3 恐竜が活躍していた
地質年代でいうと,現代から約5.4億年前頃までの期間は,古い順に「古生代」「中生代」「新生代」に分けられる。古生代よりも前は「先カンブリア時代」という。恐竜が活躍したのは「中生代」である。中生代はさらに細かく分けられ,古い順に「三畳紀(さんじょうき)」「ジュラ紀」「白亜紀(はくあき)」と呼ばれる。恐竜が現われたのは,2.3億年ほど前,三畳紀の後半である。恐竜の時代はその後1.6億年ほど続いたが,白亜紀の末,約6600万年前にほとんどが絶滅し,鳥類だけが現在まで生き残っている。
 
※4 地球上の大陸は全部1つに固まっていた
地球上に恐竜が現れた2.3億年ほど前は,地球上には「パンゲア」(古代ギリシャ語で“全ての大地”の意)とよばれる巨大な大陸一つだけだったと考えられている。これは,1912年に「大陸移動説」を唱えたアルフレート・ウェーゲナーが命名したものである。しかし,当時は大陸が水平方向に移動するその原動力が解明されておらず,大陸が移動するなどということはありえない,と思われていた。ウェーゲナーの死後,1950年代になってそれを裏付ける新事実が見つかり,「プレートテクトニクス理論」として再び注目されるようになった。

※5 東アフリカで人類が誕生した 
アフリカ東部のエチオピアでは「アワッシュ川下流域」「オモ川下流域」がともに人類化石出土地帯として世界文化遺産に登録されている。アワッシュ川流域では、1974年に350万年前に二足歩行を行っていたという猿人アウストラロピテクスの化石が発掘された。メスの原人の個体は当時エチオピアで流行していたビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」にちなんで「ルーシー」と名付けられた。

※6 まだ半日くらいしか生きていないことになります 
現生人類の直接の祖先であるホモ・サピエンス・サピエンスが誕生したのが20万年前の東アフリカであると考えられており,地球カレンダーで言えば,午後11時37分ごろである。現生人類はまだ23分ほどしか生きていないことになる。

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