4等星

拓也は星を見ていた。ビルの隙間から見える微かな光がきれいで、そしてとても眩しく感じた。
 12月の初め、町には冬の風が吹き始めて、行き交う人は皆、早足だった。駅はきれいなイルミネーションが施され大きなクリスマスツリーの前でカップルたちがこぞって写真を撮っている。そんな風景を横目に見ながら拓也はワイヤレスイヤホンを落ちないようにもう一度付け直した。
 駅の中はクリスマス仕様の広告が張ってあるぐらいでいつもと大して変わらなかった。拓也はスマホに保存してある時刻表を確認する。東京行きこだま12号、13時40分発。
 まだ新幹線の時間まで30分ほど余裕はあったが、特にすることもないので改札をくぐる。新幹線のプラットホームに向かう階段では名前も知らないアイドルがこちらを見て微笑んでいる。そしてこのアイドルという仕事がまさに拓也が東京に向かう理由だった。
 不破拓也19歳、大学2年生。職業アイドル。彼が俳優やミュージシャンではなくアイドルという職業を選んだのは高校3年の時に見た動画サイトで見た切り抜き動画がきっかけだった。画面越しに見た彼女の笑顔にやられ、気づけば自分もそれになりたいと思うようになっていた。
 女装アイドルグループ夜桜。それが彼の所属しているアイドルグループだ。週に一度、東京の下北沢で公演があるため。本拠地としている名古屋から東京まで新幹線で通っているのだ。
 拓也の乗っている新幹線は各駅停車のため、度々後から電車に追い抜かれる。拓也はそのたびに自分と追い抜かれる新幹線を重ね合わせため息をついている。
 しかし今日は違った。今日はいつもの定位置ではなく。あえて通路を挟んだ反対側にすわってみた。車窓から見る景色はいつもと少しちがってちょっと新鮮だった。
 浜松をすぎた頃だった、目の前に広大な海が広がった。なんだかそれを見てると濁りきっていた心が浄化されるように感じた。
 海を見ながら思う。自分の今やってることって本当にやりたいことだったのかな。
 これが本心だった。その日の夜、拓也はツイッター上で突然脱退を発表した。そしてすぐにアカウントを消した。
 これが正解だったのかは分からない。自分を応援してくれたファンのことを思うと胸がいたかった。でも最後に決め手になったのは、海を見て不意に感じたあの感覚だった。自分は今まで多くの鎖につながれて生きてきた。でもその鎖は誰かにかけられた訳ではなく、自分で作り上げた鎖だった。
 自由とは恐れがないことである。あの光っている星たちも恐れずに光っているから多くの人を照らすことができるんだろうな。それが彼のアイドルとしての最後のツイートだった。

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