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会社の辞め時について考えてみた①

50を過ぎて勤めている会社について考えたことがずっとあった。このままわたしはこれでいいのかと。ある程度仕事では煮詰まってきて、これからの先の自分の可能性、展望、成果のある仕事のアウトプット、やり甲斐ほかそれぞれ考えた。その結果はあまりいいものは無かった。

だから、いずれこの会社を去らなければならないと思っていた。周りの先輩達は定年を超えてもみんながほぼ全員つまらなさそうな顔をしてただただ機械的に仕事をこなしている。周りでは彼はあと2年はこの仕事をしてからそのあと異動してもらって65まで居てもらう。とか、この年代になるとお尻から逆算するのだ。

これはいわゆるスマホにおけるバッテリー残量みたいなもので、残量30%だからそれなりの使い方にしてあげないといけない。低電力モードにしてある機能を一部制限して生きていくみたいな感じ。なんか息が詰まるではないか?

会社を辞めると決断した時いちばんに考えることはは収入が無くなる事。当たり前だが、それが怖くて会社にしがみつき自分らしく生きていくのを一部犠牲にして、人の命令にはいはいと従っていくのはこれは違うのではないかと。

わたしはもっと自由にしても誰も止められる事はできないぞと、いやそうに違いない。歳とったジジイはどこの職場でも嫌われて面倒で、意見すれば昭和感覚だし、昔の少ない成功例の話を何回も聞かされ鬱陶しいんだよ。若い人はそう思ってるはず。

今の若者からはもっと新しいやり方でスマートな方法を提案したとしても、このソフト老害ジジイは試しもせずに頭から否定する。そんなの失敗するに決まっている。ってね。
わたしはそんな老人には絶対ならないよ。綺麗に去ってやるのだ。老兵は死なない、消え去るのみ。つづく…

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