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【連載小説】真・黒い慟哭第4話「トンネルに劈く悲鳴」

【金属加工株式会社 ヤガミ】その建物の前に1人の男が立ち寄った。すぐるが社長を継いだ1年前に倒産してしまった。原因は客先のトラブルを軽視していた優の判断の甘さが重なり代々受け継いできた信頼を失ってしまった為である。何事もお金で解決できない問題もあるのだ。閉められたシャッターの張り紙が風でなびいていた。多くの社員が怒り、狂い、嘆き、途方にくれた。木口賢治もその一人だったが、今はプロゲーマーとしての人生を歩んでいた。だが、賢治はもう若くない遅咲きである彼は今は順調でもいずれ腕が衰える。じきに若い者に負けるであろう。格闘ゲームの世界は動体視力が物を言う世界である。反応ができなくなれば、引退も考えるであろう、その時が来るまで今を全力で楽しもうと決めていた。
 
 背後から足音が聞こえた。振り返ると初老のおじいさんと若い女性が立っていた。おじいさんが口を開いた。「この人物に心当たりはないですか?」垂れ目の女性が映った写真を見せられたが、首をかしげた。
「この女性がどうかしたんですか?」と聞き返した。
「15年前の事件は知っているな」鋭い眼光が賢治をしっかり捉えると「あの事件の事は言わない約束でしたよね、高橋さん」悪い悪いとハット帽子を脱ぐと一礼した。賢治にとっては思い出したくもない事件だったことを詫びた。
「実は、この女が関与していると思われる事件が起きてね」懲りないねと肩をすくめた賢治がもういいでしょと高橋の肩を軽く叩くと高橋が「一度間違った道を行ってしまえば次も道に迷い同じことをするのが人間だ。私はそれを正す人間だ」
 隣にいた若い女性が高橋の横顔を見た。
賢治がセブンスターの箱を高橋に差し出した。高橋が1本抜き取ると、賢治が火を点けた。
 やれやれこれでは、禁煙しようにもできないね。意思の弱さかね。と煙を吐いた。
賢治もそのまま自身のたばこに火を点け煙を吐きながら「なにか手がかりが分かれば教えます」
「そうしてもらえると、こちらも助かります」
「如何せん、今回の事件は凄惨さを極めた事件だ! 人が食材みたいに切断されている」隣にいた女性が怪訝そうに高橋を一瞥した。
「ところで、高橋さん。そちらの女性は?」と尋ねると娘の真里花まりかです。それに習い女性はこちらに一礼すると踵を返した2人の姿が遠ざかって行った。
「なるほどね、娘さんか」短くなったたばこを地面で踏み消した。
 ついでに立ち寄ったこの会社はこれが最後の見納めだと呟いてその場を去った。賢治がこの会社に来た理由はもう1つあった。自身の中でふつふつと沸いていた親友の死をどうしても許せないでいた。あれから15年の月日が流れたが、ゲーマー人生をなげうってでも亜美と対峙して勝の無念を晴らしたかった。かつて自分達が働いていた窓ガラスを眺めながら、新しいたばこに火を点けた。

 例の一軒家で起きた殺人事件の犯人が逃走した模様。犯人は黒のヤッケ姿でフードを被った人物だと髭男の証言を元に全国ニュースで注意喚起の警告を一斉放送した。それを見た人々は他人事のようにいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。
しかし、ここに1人、震えながらテレビに釘付けの男がいた。
 それにしてもゲテモノツアーを途中で帰っただけでここまで人間を殺しまくるのだろうか? 玲香は僕の家を知っているので、殺ろうと思えばいつでも殺れるはずなのに、この焦らし方は何なんだ? これ以上殺人を重ねたら間違いなく重い刑罰が下るぞ! この国は未成年の人間は少年法が守ってくれるので、死刑こそならないが、そこを狙っているのか? 玲香に対してネガティブな負の思いがよぎるが、高井さん、牧瀬さん、そしてお母さんごめんなさい。
自身で真実を確かめ決着をつけるために家を飛び出した。

 真夜中にトンネルで雨宿りをしていた高井紗絵がズボンの裾を濡らして身動きが取れないでいた。振り返りトンネルの奥を見ると風が吹き抜け『コォォォー』と不気味な音に吸い込まれそうな感じがした。
この大阪の街で凄惨な事件が続いている。ニュースで報道している一軒家での事件は高橋刑事のグループが向かっている。
その一軒家はここからそう遠くないが、他の事件に首を突っ込むのは止めておこう。私は私の事件を追うことにした。雨脚は強くなる一方だった。
私達は町川友紀の事件を追い今は別行動で牧瀬は団地の張り込みをお願いしている。私は自身の足で団地周辺の聞き込みに徹底していた。沢北輝樹の証言では犯人の女の子はこの団地に住んでいるとのことだ。この位置はちょうど牧瀬が張り込んでいる反対側に位置するが、この大雨で身動きが取れないで困っている。
 このトンネルは今は使われていない廃トンネルだが、昔は車はもちろん歩行者も行き来していた。階段に腰を降ろし雨が弱まるまで待つことにした。トンネル内の通路には大量の雨水が入り込み地面には水溜りが出来ていた。ピチャピチャと天井の亀裂から雨漏りする音がよりいっそう恐怖を駆り立てた。
 ふと、トンネル内を見上げると人間の顔があった! 驚いて歩行者用の手すりに頭をぶつけると、それは年季がこもった汚れが顔のような模様に見えた。目の錯覚だ。夜の木が人間に見えるあれだ。
 気を取り直して座り込み前方の団地を眺めているその背後に人影が現れた。水を弾く足音が近づいて来る。雨の音が背後の存在をかき消して気づいていない。人影の右手には斧が握りしめられており、それをゆっくりと振り上げながら接近してくる。
 スマホを取り出すと画面の明かりが眩しかった。目を細めてラインを確認した瞬間! 空気が変わった。スマホの画面越しに微かに映る人影に気づき振り向こうとした時、斧が振り下ろされ右肩に食い込んだ。鎖骨を砕き胸部まで切り込まれた紗絵が激痛でうずくまるように崩れ落ちた。右肩が裂けダラリと垂れかたむいた右手を突然掴まれた。痛みの中、だんだんと熱くなり感覚が麻痺してきた。握られた右手を引っ張られ悲鳴がトンネル内で反響した。そのままなんとか筋だけで保っている千切れかけの右肩をトンネルの奥まで引きずられ、まるでモップで汚れを伸ばすかのように血の跡がトンネルの奥へと伸びていった……
 痛みに顔をしかめ朦朧とする目の端で捉えたのは、暗闇の中で光る切っ先だった。その斧が背後で音を立てて地面に転がると、横たわる頭を踏みつけ両手で持った右手を勢いよく引っ張った。強弱をつけて何度も引っ張られる、激烈な痛みに悲鳴に近い絶叫が響いた。容赦なくブチブチと離れていく肉が軋みを上げた。無理矢理、引き千切ろうとしているのだ! それはまるで、手羽先を割くように体の繊維が破壊されていく。わずかに残った肉の接合部を左右に揺すりながら、回転させてねじ切ろうとする執拗さに全神経が麻痺した後、目尻から涙があふれ水溜りと同化した。体が急激に高熱を伴いふいに抵抗がなくなり右肩が軽くなった。目の前に自身の右肩が落ちてきた! しぶきが顔にかかり水路に続いていく大量の血が流れ込み、体がドクドク脈を打っていた。
 雨音がトンネルを強く叩く音に気を取られ、ヤッケ姿が目に映った時には切断面に切っ先が食い込んでいた。グチュグチュになるまで打ち込まれるとトマトが潰れたような断面になった。しばらく金魚のように口をパクパクして痙攣していた。そのままぶつ切りに解体された紗絵の体はマンホールの中へと投げ込まれた。
 水溜りに浸かる髪を掴み残った頭の一部を持ち上げるとそのままトンネルの奥へと姿を消した。

 その日の夜は暑かった。
全裸の女性がベッドに横たわって顔をこわばらせていた。シーツを掴み体には力が入り腰を浮かせると小刻みに震えたあと体を弛緩させた。
顔は高揚して吐息が漏れる。彼は体力が有り余っているのだ。下腹部に手を添える。第3波が襲ってきた! 体はうねりたまらずのけぞると、逆さまに見えた黒い箱を目に映しながら、腟内を掻き回される快感に溺れていた。
 溺愛である。彼女はそう感じている。
何度も出たり入ったりを繰り返すに心底惚れている。吐息が荒くなりシーツを自身の蜜で濡らし何かが出そうだった。こんな気持ちは初めてだった。絶頂はすぐそこだった。自身の太ももをさすり、もう片方の手で乳房をこねる。腰が小刻みに痙攣する。やがて快感が何重にも重なり噴水のように飛び出すエクスタシーに歓喜した。
 汗ばむ身体。すべてが満たされた。
女性として初めての絶頂を迎えることで心まで満たされた。もう後戻りはできない。
自身の人差し指を口に咥えながら、腟内から百丸かれを抜き出した。指に巻き付いてくる細い体にまとわりついた光沢が愛の証しだと亜美は思った。女はいくつになっても女なのだ。淫らな雌になった私をこの人なら一生愛してくれる。恍惚とした顔で眠りについた。

 牧瀬がクリームパンを齧りながら一棟しかない団地で見張りをしていた。事前に高井から聞いていた情報だとここで間違いはなさそうだが、ここに町川友紀を殺したと思われる女の子が住んでいるらしい。確認のため高井に電話をかけて張り込みの旨を伝えたかったのだが、『おかけになった電話は現在、電波の届かない場所にいるか電源が入っていないため通話ができません』ガイダンスが流れたので切ることにした。
 高井は圏外にいるのか? 地下またはトンネルの中にでもいるのか? あれこれ考えながら団地が見渡せる位置で待機したアルファードの中から袋に入った陰茎を鑑識に渡すと町川友紀の物と完全に一致した事とこの場所は高井から聞いた事だが、おそらく沢北輝樹の証言だろう。
あれから、高井とは別行動になったので、この張り込みで星が見つかればいいのだが、沢北輝樹の証言だとこの団地の五階にその星の女の子が住んでいるとの事だが果たして本当に……と双眼鏡を覗いていると複数のおっさんが出入りしているのを捉えた。
沢北輝樹の証言では、ゲテモノツアーを帰るきっかけになったのは、虫を食べるおっさんが友紀のケツを犯した張本人ということ。ここに出入りしているおっさん達の中にそのおっさんはいるのだろうか? そのおっさんの特徴は茶色いイモムシを普段から持ち歩いているとの事、名前は『浩二こうじ』というらしい……
しかし沢北輝樹の証言には続きがありミカヅキという宿に行く時のバスの中で知り合いのおばさんもこの団地に住んでいる。ミカヅキの旅の宿で沢北輝樹が一晩過ごした女の子がここの五階に住んでいる。その子が犯人だということ。犯人は人間を切断しまくる異常な殺人鬼だ。迂闊に近づくとこちらも危ない。メモ用紙を再度確認すると四つ折りにしてポケットにしまった。

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