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きっと、夜明け前

昨晩は宅配ピザをとった。

最初はピザーラにしようと思ったけど、息子の食べたいやつがもうなくなっていたから、ドミノピザにした。

その間のスマホであーだこーだ二人でグダグタやる感じもまた楽しい。

三十分後、ビザが到着。

しかし、ピザの相棒といったらコーラ、なのにお父ちゃんがオーダーし損ねたばかりに、ウォーターでピザを胃に流し込む羽目になった。

まあ、そんな風に残念がっているのは実は僕だけで、息子はそんなことなどお構いなしに、自分がオーダーしたサラミとチーズだけのシンプルなピザ(男前ピザ)を美味しそうにパクついている。

けど、どうやら鼻が詰まってるのが気になる様子で、途中から、

「なんかさっきから鼻が詰まってあんまり味がしないんだよね。」

としきりに言い始めた。

僕は

「そのうちよくなるからあまり気にしなくて大丈夫だよ。」

と答えながらも、彼の顔に浮かぶユーウツの影に一抹の不安を覚えたのだった。

ピザを食べ終えた後は、なんだかんだとやらなければいけない家のことをやるのにかかりきりになってしまって、その間、ずっと息子にかまってあげられずにいた。

でも、当の本人はリビングに寝転がって一人で何食わぬ顔でゲームをしていたから、悪いなぁと思いながらも、少し安心した。

20時45分、一緒にお風呂に入る。

いつものように湯舟をぱちゃぱちゃしながらはしゃいでいたら、彼の足が僕の喉元に当たるというトラブルが発生してしまう。

僕は、ウゲェ~となりながら「わざとじゃないのは分かるけど、ここは急所だから気をつけてね。」と諭した。

しかし、その後も喉の違和感がなかなか取れなかったので、正直、今、絶対に会社を休めない状況の僕は「これがきっかけで体調崩さないか・・・」と急に不安になってきた。

それがいけなかった・・・。

どうせ妻みたいに満足に家事ができないのなら、せめて息子の前では明るく楽しい感じで振舞おうとあれほど誓っていたのに・・。

実際に、このとき微妙な空気が流れてしまって、その流れに乗って、僕の不安が息子に伝播した、と思った。

その後、息子は一度はそのまま布団に入って寝てくれたんだけど、また鼻の違和感を感じたらしくて10分くらいして目を覚ました。

「体調大丈夫?」

と聞くと、

「鼻もだけど、お腹も痛いし、なんか吐き気もしてきた・・・。」

ああ、これはもう明らかに気持ちのやつだなぁ、と思った僕は、吐く用のボウルを用意して彼に少し吐いてもらった後に、病院で処方してもらった漢方薬を飲ませることにした。

しかし、オブラートで飲ます方法がよく分からないから、息子にやってもらうことにした。いつもは妻がやってくれるけど、そのやり方を見ている彼ならきっと出来るかな、と思ったからだ。

丸いオブラートを4つに折りたたんでそれを円錐状にまるめて、その中に薬を入れる・・・という工程を手際よくやる息子の姿をただアホみたいな顔をして見つめていたのだけど、薬を入れるときに入れる場所を間違えてしまったのか、その薬の粒が円錐の先端からぱらぱらと床に零れ落ちてしまった。

その様子を見た瞬間、息子が突然、声を上げて泣き始めた。

本当に幼子のようにわんわんと。

突然のことに驚いたけれど、土曜日の夜にお母さんがいきなり救急車で運ばれて入院してから、彼はずっと気丈に明るくふるまってくれていたけれど、きっと本当はこうしたかったんだろうな、と思ったから、僕は彼の背中をさすりながら、この際だから思い切り泣いてもらおうと思って、あえて彼が泣くのを止めなかった。

息子は口に両手の指を加えた状態で泣きじゃくりながら、

「ボク、何もできなくてごめんね。」

「何もできなくて迷惑ばかりかけてごめんね。」

と謝り始めた。

「そんな風に思ってたのか・・・。」

僕は彼にそんな風に思わせてしまっていた自分の不甲斐なさに胸が張り裂けそうになりながらも、

「あなたは子供なんだから、そんなこと全然気にしなくていいんだよ。いつもたくさん楽しい話をしてくれてお父さんは助かってたよ。」

と声をかけた。

そして、正直に言うと、この時の僕は、彼の泣き叫ぶ姿を目の当たりにしながら、世界に対して焼き尽くさんばかりの憎しみの炎を燃やしていた。

それくらい、僕も息子もこの世界、そう、一見優しげだけど、権力や暴力で僕らを虫けらのように踏みにじる人達がはびこる、この世界にほとんど絶望しかけていたからね(虫けらなんて言い方は虫たちに失礼だけど・・・。ちなみにうちの息子は6歳のころに誤って蟻を踏みつけて殺してしまったことを未だに悔やんでいるような子供である)

いや、本当に焼却処分にしたいのは、そんな連中に翻弄された挙句に、時々大切な誰かに限って傷つけずにはいられない自分自身のことなのだけどね。

20分くらい経っただろうか・・。

ようやく息子が泣き止んだ。

僕は、ゆっくりと深呼吸するように彼に促した。

彼がどんどん気持ちが落ち着く様子を見ながら、僕のざわついた心も徐々に落ち着いていくのを感じた。

冷静さを取り戻した彼は、いつもの大人びた口調で、

「僕はどうも時間差があって何か辛いことが起きてもすぐには感情が表現できないタイプみたいなんだよね。〇〇くんに暴力を受けたときもまさにそうだったし・・・。」

と的確な自己分析をし始めた。そして、

「うん、確かにその通りかもね。でも、たとえ遅くなっても、ちゃんと自分の感情を抱きしめて、こうやってちゃんと表現することはとても大事なことだから、これからも泣きたくなったら恥ずかしがらずにどんどん泣くんだよ。」

と僕が言ったら、

息子は

「うん、分かったよ!」

って力強く答えてくれたのだった。

そして、1時間くらい、久しぶりにスマブラで対戦して、その後、僕に向かってフォートナイトの新しいスキン?の説明を熱心にし始めた頃には、息子はすっかりいつもの笑顔を取り戻していた。

「みんな自分のスキン?を決めているけど、僕はまだ決めてなくてさ。どれにしようか考えるのが今とても楽しいんだ。」

布団の中で息子はそんなことを嬉しそうに話しながら、気づいたらスヤスヤと寝息を立てていた。

翌朝、彼を起こさないようにそーっと忍び足で起きて、マルとコハクにエサをやる。

コハクから風邪をもらったマルは今朝も元気がなくて、エサもほとんど食べてくれなかった。

本来であれば看護休暇を取って、彼を病院に連れていける状況なのにも関わらず、今、会社に心から信用を置ける人が一人もいない僕には、残念ながらそれが出来ない。

後ろ髪を引かれる思いで、家を出る。

駅への道を歩きながら、たまらず病院にいる妻にラインをする。

「今日、会社休もうかなぁ・・・。」

すぐに既読になり、

「絶対にダメだよ!」

と返事が来る。

そう、彼女も僕(たち)が置かれている状況が痛いくらい分かっているのだ。

僕「うん、でもマルが心配でさ・・。僕が会社でもっとうまく立ち回っていたら、こんな風にみんなに迷惑をかけないのに・・。」

妻「いや、あなたはまったく悪くないよ。」

僕「あ、ありがとう(涙)。そういえば、近所に住むお姉さんにマルを頼めないかな?」

妻「ああ、そうだね。今、受験生二人抱えていて大変だろうけど、ちょっと相談してみるよ。」

この妻とのやり取りで少し気持ちが軽くなった僕は今日も無事、会社にたどり着くことが出来た。

そして、今日も自分の仕事はそっちのけで、僕の教え子(おこがましいけど、実質的にはそういって良いだろう)の女性3名の面倒を手取り足取り見て回った。

みんなの笑顔を見ながら、この数週間、心ない人たちから何度も心を折られそうになって、実際に何本か折れてしまって色々と粗相を働いてしまった僕の心にほんのり灯がともるのを感じる。

「うん、こんなどうしようもない僕だけど、きっとまだ生きていていいんだよな。」

そして、なんとなくだけど、このとき、ふと

夜明け前

という言葉が頭に浮かんだ。

そう、僕が今、置かれている苦しい状況は、きっともうすぐ夜が明ける前兆なのだ。

だって、光を感じる前の暗闇はより一層暗く感じる、って噂も聞いたことがあるしね。

ひととおりのことをみんなに教え終わった僕は、少しホッとしながらトイレ休憩に入る。

廊下でスマホを取り出し、その画面に目を落とす。

そこには妻からの

「明日、退院できるよ!」

という文字が躍っていた。

よっしゃー!!!

うん、これからも、たとえどんな困難が訪れたとしても、僕たちならきっと乗り越えていけるだろう。

だって、暗闇を抜けたその道の先にある光を見たくて、僕たちはこれまでずっと諦めずに歩き続けてきたのだから。

夜明けは近いぜよ。


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