見出し画像

バカVS雑魚な動物パニック映画『ビースト』

粗筋

 医師のネイトは、冷え切った家族仲を修復すべく娘2人とアフリカを訪れていた。サファリ管理人のマーティンと再会し、その案内でサバンナを冒険する一行。途中で村に立ち寄るが、住民はライオンにより皆殺しにされていた。
 車を走らせると、重傷を負った現地民が。彼が「ディアボロ(魔獣)」と語るライオンは、密猟者の襲撃で群れを失ったはぐれライオンだった。しかし時すでに遅く、ディアボロは忍び寄っており…。


 僕はジャンル映画が好きなタイプの映画オタです。今作の脚本がライアン・イングルと聞いて期待もしてました。『フライトゲーム』『トレインミッション』でかっちりしたサスペンスものを手掛け、『ランペイジ 巨獣大乱闘』では全員有能なモンスターパニックという離れ業も披露していたからです。
 そして観た本作…ゴミでした!特定の展開を導き出すためにご都合主義やリアリティーの度外視を持ち出す、典型的なゴミ映画!ジャンル映画舐めんな!と怒りの湧く1作です。


大戦犯、マーティン

 パニック映画、特に大自然で展開される作品では「自然舐めてるバカ」が話を動かします。地元サーファーの忠告を聴かずサメに襲われる『ロストバケーション』にせよ、SDGs!と喚くヒッピー学生が土人に食い殺される『グリーンインフェルノ』にせよ…。でもね、今作のマーティンは(設定上は)プロ中のプロの筈なのよ。

 出かける前に連絡をしない、スペアタイヤや非常物資の準備をしない、(自分が保護し育てたとはいえ)野生に返したライオンに不用意に近づく…とマーティンはサファリをわが物顔で闊歩します。「あ!作り手自身が自然舐めてるパターンか!」とイヤな予感がする頃、いよいよ話が動き出す。ここからの無能ムーヴも素晴らしい。
 壊滅した村を見た彼は「他の生存者が居るかもしれない!」と探索を優先させます。…いや、先ず連絡だろ?きちんとした人数の捜索隊を編成する、ミイラ取りがミイラにならないため最優先は拠点への報告だと思うのだが…何故かマーティンは先へ進みます。

 ディアボロからの生還者を発見する一行、すると今度は「ちょっくら周り見てくる」と車を後に歩き始めます。おい!!一人は収容出来たんだから、キャンプ地戻れよ!重傷人の救命を優先しろよ!
 しかも、マーティンの武装は麻酔銃一本。…お前は伝説のマタギか何か?ハンティングライフルとか、M4カービンとか装備してるなら兎も角、麻酔銃で猛獣に対抗できると思ってんの?麻酔銃って当たった瞬間に昏倒するものじゃないからね?

ディアボロ以外は皆トモダチ

 マーティンの無能は未だ続く。痕跡を追って水辺に近づくマーティン、物音がしてハッと見やると…ワニの背びれ。「何だワニか…」と安心し行軍を再開すると、背後から襲われ…という展開が続く。
 作り手はバカなのか!??サバンナの水辺ってクソ危険だから!!ワニとカバは、ライオンより強いから!! 

 斯様にして「ディアボロ以外は安全」という勝手な想定の下、話が続いて行きます。草食動物だって縄張りに立ち入った人間を踏み殺すし、脱水症状で人は簡単に死ぬのに。おまけに保護ライオン・水場の下りはもう一度登場するし…。つくづく、作り手は自然を舐め切ってる。
 詰まるところ、これは「ディアボロに近づく」「襲われる」という展開にするための無理くりなんですよ。まともな人がまともな手順で行動したら、パニック映画にならない。じゃあキャラを馬鹿にしようというバカの発想

脱出ジャンル

 かくしてディアボロに襲われ、一行はトラックに逃げ込む。しかしトラックのアクセルは壊れサバンナで立ち往生に…という展開になる。

 ここから、「篭城もの/脱出サスペンス」ジャンルに移行するワケですが、ここでもツボを外してしまっている。このジャンルは「敵との戦力差が段違いなので、あり合わせの物資を知恵でカバーする」のが肝になる。予想外の発想/組み合わせなほど、話は盛り上がるものなのです。
 しかし、彼らが取るのは「麻酔銃を使う」「医療キットで手当てする」という行動。何の意外性もない。
 せめて「娘のピアス穴あけ機を手術針にする」とか「娘のヘアスプレー+ジッポライターで即席火炎放射器を作る」とか、発想の転換を見せて下さいよ。

娘、要らない子

 ポリコレ厨なら「型に嵌めるな!」って喚くんでしょうけど、多様な人間が同席するパニック映画では「その人ならでは」の活躍が観たいんですよ。子供より大人、女性より男性の方が筋力やスタミナはあるから当然強い筈。でも、それを逆手に取った活躍があれば楽しい。警戒されず近づく、軽いからこそ上に登っていく…なんてね。
 しかし今作は、娘は大して活躍しません。妙案を思いついたり、狭い穴から鍵を拾い上げたり、囮になって父を窮地から救う、なんてことはない。

 では、どうやって彼らは生還するのか?大丈夫。だってネイトは、地上最強の生物だったから。

地上最強の生物、ネイト

 腿と肩を爪で抉られてもノーダメージ、ナイフ1本でライオンと互角に渡り合う…。チャックノリスかな?と疑うレベルですが、彼の異常ぶりが最も発揮されるシーンは、中盤に用意されていました。

ネイト=忍者

 夜が深まる頃、密猟団が彼らを見つけ出します。しかしディアボロに襲撃され、瞬殺。するとネイトは「彼らのトラックで逃げよう。鍵を拾ってくる」と言い残し、暗闇に飛び出します。
 …ツッコミどころ多すぎだろ!!発想そのものがイカレてる、カードアを半開きにして外に背を向けたまま長話するな、なんてのは序の口。何で夜中に行動する(できる)んですか??

 人工光源のない原野なんて、闇一色ですよ。車が立ち往生した場所は結構なガレ場の筈なのに、ネイトはスイスイと歩いていく。おまけにディアボロの追跡を撒くため、彼は沼地と足を踏み入れる…。
 あのさあ!!プールとか、地下水道みたいなコンクリ敷きじゃないの!!沼地って倒木や泥が堆積していて、足が引っかかるものなの!!何でお前は物音ひとつ立てず暗闇の沼地を進めるんだ?

 この映画、サバンナでのオールロケで作られたらしいですが…。夜も皆さん歩けたんですかね?あ、作り手自身が忍者だったオチですか??

雑魚ライオン、ディアボロ

 流石クソ映画、更に超展開が続く。ディアボロは、何度もネイトを取り逃がすのです。

 木の上に身を隠す、倒木の下で身を潜める…ネイトは間一髪で追跡を躱します。(余談ですが、この下りは『ロードオブザリング』のナズグルオマージュでした。『ジュラシックパーク』『ランボー』など、他の映画の小ネタも実は盛り込まれています)。

 同一ショットに追跡者/逃亡者を映す…これ自体は王道の演出ですよ?
 でも、猛獣は視覚でしか獲物を追えないのか?ネイトってトラックに半日籠ってるから、発汗と失禁で猛烈に臭い筈ですよ。おまけに襲撃に遭って、出血もしてる。なのにディアボロは、彼の体臭を追えない。
 やっぱ作り手が真面目に作ってねえんだよ。ネコ科の嗅覚を調べるとか、不衛生な状況を想像するとか、してねえだろこいつら。B級映画みたいに、「咄嗟に泥を体に塗りたくって体臭消す」とかしろよ。

ラストバトルのロケーション

 かくして(?)トラックを乗り換え、脱出した一行。しかしまた、ご都合主義の一波乱が用意されていました。

 保護ライオンの縄張り近くに、廃棄された炭鉱町の学校が遺されていた。そこでネイトは「娘の手当が出来るかもしれない!」と寄り道します。
 はい、出ました!「かもしれない!」展開。今朝崩壊した村なら兎も角、10年単位で使われていない廃墟に普通寄るか?これも「保護ライオンとディアボロを戦わせる」というラストを逆算するための、無理くり展開です。

 おまけに、炭鉱町に向かうショットがマジで考えなし。岩山の麓にトラックを止め、目算で5~600メートルは先にある廃校へと娘を抱えて登っていくのです。
 …こいつら、山登りしたことないんか?ガレ場を半キロ登るのって、平気で1時間とか掛かるからな?おまけにアンタ腿と肩を怪我して、娘を腕に抱えていけるのかよ?素直にキャンプ地直帰しろ!!
 これも、「裏の道を車で登って、建物にトラックを横付けする」って画で済んだワケじゃん。「遠景で見せれば、追って来たライオン視点を醸し出せる」とか思ってんでしょうが、リアリティを無視する方が浅はかでしょ。

アクションの醍醐味は、再帰性にあり

 繰り返し演出は面白い。先週の『NOPE』評でも言いました。これはアクション映画でも同様です。前半で出したロケーションを後半にアクションで再訪する時ほど、観る者を昂揚させる演出はない。

 折角ひろい空間でアクションを展開するのに、初めて訪れた場にしてしまう。これも今作のダメさをダメ押しする要素ですね。パンフでヨイショ評論家が「マーティン宅の構図・ロングショットが素晴らしい」とか言ってますけど、もう馬鹿かと。
 序盤に長い時間を過ごす空間は、後半アクション空間として回収しろよ!「ママとパパの思い出の場所なんだ」と案内して、序盤の日常風景にすればイイじゃん!そこで映した扉・家具・廊下・階段・吹き抜けを、後でアクションに活かす。或いは、物音を立ててしまうサスペンス小道具にする。そこに気持ち良さが生まれる。
 小ネタ入れる癖に、『ジュラシックパーク』しっかり観てねえのな。あのラストバトルがヤバいのは、パーク入園時に観た風景を逆向きになぞり直すからだろうが!

 小手先のオマージュよりも、王道の骨格を学べ!


 クソ映画のことは忘れて、僕のお勧め動物パニック映画を紹介します。
 アジャ監督の『クロール -狂暴領域-』です。

これも(舞台設定の割に常識のない行動を取る)バカ揃いの映画なんですが、映像の拘りが違う。フルCGで「ライオンに迷惑かけてないですよ」とアピールする今作と違い、模型や操演でゴツくて実在感のあるワニさんがたっぷり登場する。
 何より、捕食シーンのエグさですよね!おバカなサメ映画と違い、猛獣に襲われても人間は即死しないんですよ。毟られ齧られ、体積が減っていって死に至る。観た後イヤーな気分になって、ヌルい文明社会に居ることを感謝する。それこそが「正しい」自然映画だと、僕は思います。

アニマル漫画の最高峰、『シャトゥーン』も引用しときます。


 




 
 
 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?