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『エックス』がハイコンテクストなホラー映画だった話

粗筋

 70年代末、アメリカ。6人の若い男女が、ポルノ映画でヒトヤマ当てようと野心を燃やしていた。彼らは南部の農場を借り受け、撮影に臨む。その農場主の老婆が、イカれた殺人鬼とは露知らずに…。


 映画制作・配給会社のA24が10周年を迎えた。『ムーンライト』『ルーム』などオスカー作品を抑えつつも、『スイス・アーミー・マン』や『タスク』などイカれた映画も積極的に作る。ならば映画オタク受けを狙った会社なのか?というと『レディ・バード』や『ウェイブス』など、瑞々しさで若者の支持を受ける映画をもカバー。まさに、唯一無二の映画会社なのだ。
 そんなA24が、初めてのシリーズ化に着手したのが今作『X エックス』だ。いち早く公開されたアメリカ本国では大絶賛で迎えられ、既に3部作構想が進んでいるという。

 …ぶっちゃけ過大評価だとは思いますが、良し悪しについて語って行きます。

オマージュてんこ盛り

 今作は、70年代映画への愛情で出来ています

「70年代の映画を見ると、映画という芸術を愛している人たちが作っていることがよく分かる…(中略)…セックスと暴力を描く、昔からのエクスプロ井テーション映画のパターンを、より愛情を込めた手法で再構築することは、心躍る挑戦だったよ」

パンフ、production notesより

「田舎にドライブした若者連れが、キチガイ家族にぶっ殺される」という話の大枠は、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』を借りています。今作は、そこにポルノ業界ネタを絡めてきた。時代背景や、業界内幕ものな辺りは『ブギーナイツ』を意識している。

 この手のオマージュ爆盛り映画で言うと、『ラストナイト・イン・ソーホー』が昨年公開されていました。が、あちらが”お上品ポリコレ”だったのに比べ、今作はきちんと下品です。
 特に「良いメッセージ」は提示しないし、下ネタもふんだんに盛り込まれている。何より笑ったのが、「モザイク」演出ですね。ポルノ撮影シーンではきちんと間接表現していたのに、「とある性交シーン」の構図がわざわざモザイクを付けるような俯瞰ショットになっている。そのモザイクも、昔のポルノ映画にありがちなデカい白マルという…。
 タイ・ウェスト監督は40歳とまだまだ若手ですが、懐古ネタのツボを良く分かってる。

オマージュ列挙

というわけで、他のオマージュ例を挙げていきます。

・殺人鬼屋敷の外観、階段から見下ろす玄関のレイアウト、地下室の秘密作業場:『悪魔のいけにえ』
・斧で扉破り、顔を突きだす:ご存じ『シャイニング』
・皮肉なスプリットスクリーン演出:70年代絶頂のブライアン・デ・パルマ監督
・世代間の従軍マウント、トラック運転席を右側から捉えるショット:『テキサス・チェーンソー・ビギニング』

奥行きのあるショットで「あ、これ向こうから来るなー」と予感させる

・「フランスの映画では~」「時間軸を入れ替えた~」の台詞:ゴダール監督(及びヌーベルバーグ)
・「サイコみたく」の台詞、沼に沈んでいく車:ご存じ『サイコ』
・田舎に行ったヒッピーがぶっ殺される展開、2場面をフラッシュカットで往復して場面転換:『イージー・ライダー』

などなど。
 パンフ曰く、スプラッターシーンで鮮血が画面を覆う演出はマリオ・パーヴァ監督などのジャーロ映画の影響にあるそうです。そういえば、

・タイヤで頭が轢き潰される:サスペリアPART2

なのかも…。

パーヴァ代表作(らしい)

老人ホラー

 今作のもう一つの特徴として、「老人ホラー」のジャンル要素も挙げられます。単なる殺人鬼ホラーでは恐怖感しか湧きませんが、老人ホラーには不憫さ・生理的嫌悪感が付きまとう。「相手が高齢者だから」と気味悪さを我慢する若者、だが奇行はエスカレートし本性に気づいた時には遅く…という流れがテンプレです。
 今作において、主人公のマキシーンと殺人鬼ババァのパールは鏡像関係になっています。殺られ役ブロンドのボビーリンが絶世の美女なのに引き換え、マキシーンはソバカス顔のぽっちゃり。コンプレックスがあるワケです。
 パールもまた、コンプレックスを抱える。両大戦で青春を失い、生活が落ち着いた頃には老いを迎えていた。ゆえに、若者狩りを愉しみとするようになった。それだけに、同類であるマキシーンに執着し…と後半は展開していきます。その両者を、一人二役で演じさせる辺りも鏡像関係を意識した作りですね。 

フレッシュな老人ホラー演出

 老人ホラーの醍醐味は、「若者と老人が交流するシーン」にあります。
 相手は高齢者だから労わってはやる…。でも口うるさいし、臭いし、クチャクチャ音を立てるし、会話のピントも合わない。「あ~、一刻も早くこの席立ちてぇ~」という死ぬほど居心地の悪い感じが、このジャンルの楽しさなのです。その最高傑作が、シャマランの『ヴィジット』でしょう。

 その点、今作は一味違う。若者と老人は、ほぼ没交渉なのです。その代わり、老人と老人の交流が主眼となる。
 パールがマジキチババァなのに比べ、その夫ハワードはちょいキチジジイに収まっている(こっちも殺人鬼ではあるのだが)。ハワードはとっくに老いを受け入れているが、パールは未だ美や若さに執着している。髪を梳きドレスを着てハワードの気を惹こうとする下りとか、痛々しくて観てられない。

お岩さん映画の”化粧”に通じるものがある

それが極に達するのが、後半のショックシーンですね。殺人稼業を再開しハッスルした二人は、興奮してベッドの上でもハッスル!始めるんすよ。あのさ、古稀セックスなんて誰が得するんだ!??絵面どころか、そこでの嬌声
”Oh Howard! Fuck me! Yeah!"
もスローテンポな嗄れ声で、耳にも痛い。地獄絵図でした。

短所

 上述したように、一定の面白さはある。でも絶賛されるほど完璧な映画とは思えないんですよね。短所を2点挙げます。

テンポが遅い

 なんと言ってもコレ。ババァが殺人を始めるまで、1時間も掛かる。
「元ネタの『悪魔のいけにえ」オマージュなんだよ」って反論は、成り立ちません。『悪魔のいけにえ』は冒頭のツカミが完璧オブ完璧だから、ずっと後を曳くんです。
 この映画、序盤中盤にインパクトがない。主人公らとは別のヒッピーを殺す下りとかあれば、まだ中盤の見所になったんだがね。

上述したように、「老人VS若者の気まずいシーン」もないため、会話シーンの楽しさもない。タイラー・ベイツの音楽が良いので不気味で怪しげな雰囲気は出てるんですが、やっぱ「A24的な雰囲気映画」止まりなんですよ。

スラッシャー映画としてどうか

 残り45分、いよいよぶっ殺し始めて楽しくなるか!…と思いきや、そうでもない。ぶっちゃけ殺し方が在り来たりなんですね。首にナイフ/覗き込んだら目に刃物/ショットガンでズドン/ワニの池に突き落とす/家を出たところでズドン…。どれも、どこかで観たものばかり。

あるあるネタで笑える、ってほどでもない

 70年代へのオマージュ…そりゃ結構です。でも、ホラー映画は以降も進化して来たんですよ。80年代にSFXを凝らしたSFホラーがあり、90年代初頭にサイコホラーが流行り、続きJホラーが席捲し、ゼロ年代にPOVとソリッドシチュエーションスリラーが濫造され、アジアや北欧初などのホラーも登場し、それこそ10年代後半はA24の個性派ホラーの時代になるワケじゃないですか!残酷度も、シチュエーションも、題材もホラー映画は多様化した。だからこそ、2022年のホラー表現を見せて下さいよ!!スラッシャー周りに関して、今作にはフレッシュさの欠片もありません。

更に頂けない点が、殺人鬼夫婦の自滅によってマキシーンが勝つ展開ですね。ビックリして心臓麻痺・ぎっくり腰で立てなくなる…「老人あるある」ネタ自体にはブラックな笑いがあるんですが、それが決定打になってしまう。ダメでしょ。スラッシャー映画なら、逆襲をしっかり描かなきゃ。
 殺人ジジイの心臓が弱いなら、ボディーブローで胸ばっかり狙う!殺人ババアの腰が弱いなら、バックブリーカーでへし折る!相手が連続殺人鬼な以上、「老人虐待」と騒ぐバカも出ないでしょう。きちんと主人公の知恵と暴力で勝つ!って爽快感を入れて欲しかったですね。


 今作、エンドクレジットの後におまけ映像が付いています。「あーこれこれ、グラインドハウス映画的な嘘予告だろーなー」と思い劇場を後にしました。ところが、前日譚映画『Pearl』は撮影進行中とのこと。

皆も、映画は最後の最後までしっかり観ようね!


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