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23 本気のソンクラン(ウボンラチャタニー)

 2010年のことだけれど、4月、ラオスにいた。南部のパクセーにのんびりしに来たのだが、町なかにHAPPY NEW YEARのきらきらが、やたらと目につく。
 雑貨店の店先にド派手な水鉄砲がぶら下がっていて、そうか、お正月か。水かけ祭りの時期か。と気づいた。ラオスでは「ピーマイラオ」、タイの「ソンクラン」である。

 聞けば13日から3日間だという。13日は月曜日。土日の後、月火水がホリデーで、木金も休めば次の土日。どこもかしこも何もかも、9連休の可能性が高い。

 ビザ無しで滞在できるのは14日間で、わたしは18日に出国しなければならない。予定より早くタイに戻ることにした。タイへ出ても水かけ祭りなわけだが、ラオスの田舎よりは融通がきくんじゃないだろうか。
 という甘い見通しで、国境からいちばん近いタイの街、ウボンラチャタニー行きのバスを旅行代理店で予約した。出発は2日後、ソンクラン初日の13日だ。

 心配したけれど、当日の朝は代理店のピックアップがバスターミナルまで乗せてくれたし、バスは定刻に発車した。のんびり1時間走って国境のワンタオに着く。一旦バスを降りて出入国の手続きをした後、ふたたび乗車。
 と、走り始めた途端、どこかから車体に水をかけられた。もう祭りか・・・。
 対向車線のワゴンやトラックから、すれ違いざまにバケツで水をかけられながら3時間、ウボンラチャタニーのバスターミナルに到着した。ふう やれやれ。の、はずだったのだが。

 CITYと書かれたソンテウに乗る。客を拾いながら市街地に向かう途中、前から来るソンテウ、追い抜きざまのバイクなどからバケツやら水鉄砲やらで攻撃を受ける。もう、なんか、なんですか、これ。みんな水を避けつつきゃあきゃあ笑ってるんだけど、楽しいんだかなんだかよくわからん。

 ソンテウを降り、宿を探して路地裏で迷っているときも徒歩の水鉄砲集団に襲われた。勘弁してくれ(一応、笑顔をつくって「ハッピーニューイヤー」とか言っておく)。
 ようやく辿り着いた宿で、貴重品腰巻のパスポートと紙幣をビニール袋に包んで携え、とりあえず何か食べに出る。
 ああ。しかし。一歩外に出ると、もう水かけの町。ここでもあそこでも水をかけあっている。バケツで、ホースで、水鉄砲で。おもちゃの水鉄砲がこんなに売れる国はほかにないと思う。

 店はセブンイレブン以外閉まっていた。仕方ない。正月なのだ。ニッポンだって昔は三が日休みだったし。
 水浴びせ合戦に巻き込まれながら、広い公園に着いた。そこが公式の水かけ会場のようだった。地面に這わせたパイプから無数に噴水が上がり、柱からミストが噴射され、そこにいるだけでしっとり湿り気を帯びてくるのに、市民はさらに水を掛け合っていた。
 そんなにびちゃびちゃになってどうする。

 一般の店は閉まっていたが、公園の周辺が広大な屋台村になっていた。ソンクラン期間中、市民(と、わたし)はここで3食をとる或いはだらだらと買い食いを続けるものと思われる。
 落ち着いた食事はあきらめ、練り物の串揚げなど食べながらぶらぶらしていたら、ハイテンションで声をかけられた。
「アナタひとり?寂しいわねえ!アタシたちのチームに入りなさいよっ(意訳)」
 で、お姐さんたちのチームの一員となりしばし闘う。なんのチームだ。

 2日目も、3日目も、ウボンラチャタニーは水浸しだった。
 バーツの現金が少なくなって心細い。4日目も個人商店は休みだったが、銀行は再開し、両替できてほっとした。これでバスチケットを買って、ここから離れよう。水かけられない町へ。

 この季節になると、日本でもタイの水かけ祭りが報じられるようになった。
”ソンクランのバンコクです。旅行者が集まるカオサン通りでは、外国人も一緒になって水かけを・・・”
 などとほのぼのした映像が流れるが、本気のソンクランはそんなものではないのであった。ね、ずぶ濡れのウボンラチャタニー。


     旅先で遭遇する祭りは、旅人にとってなかなかの災難です。
 


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